【特集】“24時間断らない病院”は『医師の働き方改革』でどう変わったのか?若手医師の一日に密着することで見えてきた課題も…「日本全体の医療が立ち行かなくなる可能性は、考えておく必要がある」
2022年5月、若い医師が自ら命を絶ちました。その肩に重くのしかかっていたのは、残業時間200時間超という過酷な長時間労働。2024年4月には医師の長時間労働にメスを入れる『働き方改革』が始まりましたが、命を守る現場から見えてきたのは、医師と患者、双方の課題です。ある若手医師の一日に密着し、医師の働き方改革の現状と課題を追いました。
「休みもなく、ずっと働くことが立派な医師であるという考えは、捨て去っていくべき時代」過酷な長時間労働の末、自ら命を絶った若手医師の兄の切なる願い
2022年、過酷な労働の末、自ら命を絶った高島晨伍さん。26歳の『専攻医』でした。
(高島晨伍さんの兄)
「『働き方改革』が始まりましたけど、改革が弟の死の前であったらな…というのは、どうしても家族として思ってしまいます」
労働基準監督署によると、高島さんは死の直前、100日間連続で働き続けていました。直近1か月の時間外労働は、過労死ラインの月80時間を大幅に超える、207時間50分。
遺族は2024年2月、高島さんの死は「病院が過重な長時間労働に対し措置を取らなかったのが原因だった」として、2億3000万円あまりの損害賠償を求めて提訴しました。しかし、病院側は「過重な業務は与えていない」としたうえで、業務と自殺の因果関係を否定。双方の主張は真っ向から対立し、裁判は2024年5月現在も続いています。
自身も医師として働く、高島さんの兄は―。
(高島さんの兄)
「“夜勤明けにフラフラになって、患者さんに向き合う”“休みもなく、ずっと働く”―そのようなことが立派な医師であるという考えは、捨て去っていくべき時代なのかなと思います。若手医師が弟のような目に遭わないために、どうしたらいいのか…。弟の死が、大きな転機になってほしい」
昭和23年に制定された医師法では、「医師は、診察治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ拒んではならない」とする“応召義務”が定められています。こうした法的責任を背景に、時間外労働という考え方自体が、ほとんど存在していませんでした。
2019年の厚生労働省の調査では、病院に常勤する医師の約4割が過労死ラインの月80時間以上残業し、そのうち4人に1人は倍の160時間を超えて残業していました。日本の医療は、医師たちの献身によって支えられてきたのです。
2024年4月から始まった時間外労働の上限規制では、患者の診察にあたる勤務医について、原則として年間の残業を960時間、月平均で80時間以内にするよう定めました。
出勤午前7時、日勤終了午後5時、そこから始まる宿直…深夜まで救急対応・仮眠10分で呼び出され、隙間時間に“自己研鑽”…医師たちのハードな勤務態勢
『神戸市立医療センター中央市民病院』は“断らない救急”を掲げ、2024年には10年連続で救命救急センターが全国1位の評価を受けるなど、地域の医療を支えてきました。一方で、過去5年間で2回労基署の是正勧告を受け、“ブラック職場”と呼ばれることも…。
『働き方改革』で、どう変わったのか―。呼吸器内科に勤める斉藤正一郎医師(27)の一日に密着しました。
出勤は、朝7時。
Q.早いですね?
(神戸市立医療センター中央市民病院・斉藤正一郎医師)
「定時が午前8時から午後4時45分までで、朝始まる前に担当している患者さんの採血の結果とか、夜間に急なことがなかったか確認して、共有します」
日中は、担当する入院患者や外来患者の診察を行います。
(斉藤医師)
「気管支鏡検査といって、胃カメラとか大腸カメラの肺バージョンがあって、午前中は大体それをしています」
医者になって4年目。徐々に仕事のペースをつかんできました。
午後5時、日勤終了。
(斉藤医師)
「おつかれさまでした。これで日勤が終わり、今から当直の勤務が始まります」
この病院では、各科の医師が毎日宿直勤務を担当。月に2回程度まわってきます。
-スマホに着信
-(斉藤医師)
-「救急当直の斉藤です」
この日、斉藤医師は内科の宿直医として、翌朝まで救急からの呼び出しに対応します。
食事は病院内のコンビニで購入することが多く、この日はサラダを食べていました。
(斉藤医師)
「おいしいですね、野菜は。食事は大事ですね。当直だけじゃなくて、人生にも(笑)」
Q.もし携帯が鳴ったら、どうするんですか?
(斉藤医師)
「鳴ったら、蓋を閉じて救急に行きます(笑)いつ鳴るかわからないので、ある程度緊張感を持ちながらリラックスします。肉体的なこともそうですけど、精神的な面でも、最初はきつかったですね」
斉藤医師は現在、専門的な知識やスキルの習得を目指して研修を受ける『専攻医』です。この先『専門医』になるため、患者対応の合間の時間を学会発表に向けて論文を読むなどの、いわゆる“自己研鑽(じこけんさん)”の時間に当てています。
(斉藤医師)
「勉強して身に付けた知識の量が多いことによって、患者さんが…」
-スマホに着信
(斉藤医師)
「おぉ…」
ただ、ひとたび呼び出しがかかると、診察や入院手続きなど、一人につき1時間近く対応することが多いといいます。
-(斉藤医師)
-「おつかれさまです、救急当直の斉藤です」
この時、既に午後11時20分…。
呼び出しから、約1時間後―。
(斉藤医師)
「おつかれさまです」
勤務開始から17時間を回り、日付が変わった午前0時30分、ようやく仮眠に入りました。
その、わずか10分後…。
(斉藤医師)
「呼び出しがありましたので、今から救急外来に行ってきます」
結局、この日は呼び出しが計5回。仮眠を取れたのは、1時間程度。朝8時30分には、引き継ぎを行います。
(斉藤医師)
「患者さんを断るようになってしまえば、労働時間の全体量は減ります。でも、病院が“断らない理念”を持って患者さんを受け入れていることで、助かっている患者さんもいらっしゃると思うので、『理念を維持した上で、どうしていくのか』というのが工夫を求められている部分で、そこが本当の意味での『働き方改革』だと思います」
「後ろ指をさされない病院になったかといえば、まだまだ程遠い」以前よりは労働時間減少も、勤務開始から退勤まで約25時間…「医療の利用を考えていただく必要がある時期に差し掛かってきた感じはある」
午前9時、斉藤医師の一日が終わりました。勤務開始から、25時間あまり。かつては、このあと夕方までの勤務が当たり前でしたが、今は午前で退勤するようになり、時間外労働は減少。実際、斉藤医師の先月の残業時間は、80時間以内でした。
医師の宿直については、病院が申請し労基署から許可を得れば、労働時間とみなさない『宿日直許可』という制度があります。例えば、午前9時から翌日の午後5時まで勤務した場合、合計32時間が労働時間にカウントされますが、『宿日直許可』を取っていれば、労働時間は16時間に…。
この制度は、労働時間を抑えるための“隠れ蓑”との指摘も。『働き方改革』の開始に合わせて、2022年に労基署が許可した件数は、前の年の約6倍に急増していました。
現場は、医療が進歩したゆえのジレンマを抱えているといいます。
(神戸市立医療センター中央市民病院・木原康樹院長)
「24時間365日対応を求められる職業として、医療の内容が複雑になり、求められる精度も高くなり、色々なことをやらなくてはいけない。限られた医師だけで対応できないのが、現実です」
この病院では、宿直明けは午前中で退勤したり、研修を受けた『特定看護師』が一部の医師の業務を分担したりして、医師の残業時間が増えないよう対策を取っています。
しかし―。
(木原院長)
「労働基準法に準拠して、全く後ろ指をさされない病院になったかといえば、私はまだまだ程遠いと思っています」
一部の科については、残業時間を規定内に抑えることが難しいと判断し、特例措置で一時的に上限を引き上げ。「医師の数を増やせば、過度な業務負担は解消できるのではないか」という声もありますが、教育の場を簡単に作ることは難しく、医師の数が大幅に増えることは見込めないのが現状です。
(木原院長)
「日本全体の医療が立ち行かなくなる可能性は、考えておく必要があるんじゃないかと思います。国民の側にも、もうちょっと医療の利用を考えていただく必要がある時期に差し掛かってきた感じはあります」
2024年4月、厚労省の調査に「『働き方改革』の影響で医療体制の縮小が見込まれる」と答えたのは、全国で約6パーセント、450を上回る医療施設でした。高齢化社会が加速していく中、今ある医療を維持するため、私たち一人ひとりも考えなくてはなりません。
(「かんさい情報ネットten.」2024年5月14日放送)