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【特集】“山形”から震災被災地に“留学”した高校生 『震災』の伝承活動に挑戦 全国から生徒を受け入れる宮城『南三陸高校』

2024年7月27日 9:00
【特集】“山形”から震災被災地に“留学”した高校生 『震災』の伝承活動に挑戦 全国から生徒を受け入れる宮城『南三陸高校』
街の活性化を目的に、全国から生徒を受け入れているのが宮城県にある『南三陸高校』。
その生徒が挑戦したのは、『東日本大震災』の伝承活動。
伝えたかったのは「あの日の記憶と町の未来」。

7月17日。
説明する南三陸高校・伊藤芽衣さん
「3階の高さだけど、全部上まで水を被ってます。屋上にいた人たちも水を被っている高さです」

震災遺構として〝町有化〟された『旧防災対策庁舎』を前に、高校生が震災の記憶を伝えていた。

南三陸高校の伊藤芽衣さん。
芽衣さんは山形県出身だが、宮城・南三陸町で高校生活を送っている。

去年、『南三陸高校』が始めた全国募集、その名も「kizuna留学生」。
少子化を背景に、町の活性化を目的としてスタートした制度。

入学式当時の伊藤芽衣さん
「地域の方々の元気の良さと、人柄の温かさに惹かれて、南三陸高校を志望しました」

その1期生として入学した芽衣さん。
「震災にも負けず、前に進もうとする南三陸町の姿」に惹かれて、山形からの〝留学〟を決意した。

町の魅力を動画で発信したり、地元の夏祭りに参加して、積極的に地域に馴染んでいった芽衣さん。

今年、10人の2期生を迎え、いまでは宮城県外から入学した生徒を引っ張る中心的な存在だ。

南三陸で迎える2回目の夏。
台湾から来る高校生を相手に、芽衣さんは震災を伝承するガイド役を担うこととなった。

「聞いた話を言うだけでは伝わらない」と言う地元の語り部の男性。
何をどうやって伝えればいいのだろうかー。
まずは語り部として活動する男性から話を聞き、地元の住人が伝えたい思いを汲み取る。

そして、案内ルートや内容を決めるのは自分たち。
同級生と話し合いを重ねる。

話し合う芽衣さん)(語り部に)共通していたのは、南三陸町にこういうことが起こったんだな、かわいそうだなで終わって欲しいんじゃなくて、これから南三陸町がこうなっていくんじゃないかという期待をもってほしいと言ってたよね」
話し合う男子生徒)だったら、災害に強い町になって欲しいということを伝えたいのかな」

およそ3か月の準備を経て、芽衣さんたちは防災意識を高めるきっかけになることを目標に据えた。

そして、迎えたガイド当日。

台湾から来た高校生)趣味はスポーツ、バスケがとても大好きです、よろしくお願いします
芽衣さん)よろしくお願いします

南三陸を訪れたのは、台湾南部・嘉義市で日本語を学ぶ高校生12人。

今年4月、台湾東部・花蓮県を中心に多くの被害があった地震。
嘉義市でも大きな揺れに見舞われ、今回 南三陸を訪れた生徒たちも全員が校庭に避難したと言う。

まず、芽衣さんたちが案内したのは『復興祈念公園』。
被害を減らすため、取り組みを伝えていく。

説明する芽衣さん)
「これ、何のマークか分かる?津波の避難場所。
その時、自分がどこに避難をすれば良いか、災害が起こった時に自分がどうしたら良いかというのを常に考えておくことが自分の身を守る」

自分ごととして防災を考えてほしいー。
芽衣さんたちのガイドに、台湾の高校生たちも真剣な眼差しで受け止める。

伝えるのは、津波の被害だけではない。

南三陸高校2年・上田琉維くん)海鮮丼、南三陸町といったら?
芽衣さん)サカナ!これこれ、海鮮丼

震災の記憶と共に伝えるのは、復興した町の魅力。
芽衣さんが南三陸に来るきっかけともなった、“未来にむかう町の姿”だ。

台湾の高校生
「台湾も日本のように地震が多発する地域ですが、日本ほど防災意識はもっていません。なので、今回みなさんから学んだ大事な知識や情報を、次の地震にむけて備えるにあたり、役立てて(台湾の)みんなに伝えたい」

芽衣さん
「自分がこれからの南三陸町をつくりたいという思いもあり、これからも南三陸町と関わっていく人を増やすとかずっと関わってもらうために、伝える活動はすごい大事だなと思ったので、これからの高校生活の中で、さらにもっと伝えるということが出来る機会があればいいと思う」

『東日本大震災』から、13年4か月。

宮城県外から来た高校生が、地元の力となり、震災の伝承と復興に向けて取り組みを続けていく。