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芥川賞イチオシ候補作は? 書店『双子のライオン堂』店主に聞く、純文学の楽しみ方

2023年7月18日 23:05
芥川賞イチオシ候補作は? 書店『双子のライオン堂』店主に聞く、純文学の楽しみ方
双子のライオン堂(東京・赤坂)の店主・竹田信弥さん
7月19日に発表される第169回芥川賞・直木賞。新進作家による純文学の中・短編作品のなかから、最も優秀な作品に贈られる芥川賞について、書店『双子のライオン堂』の店主・竹田信弥さんに、候補作の魅力や、純文学の楽しみ方を聞きました。

東京・赤坂にお店を構える書店『双子のライオン堂』。本の形をした扉を開けると、様々な分野で活躍する作家・批評家が選んだ本を中心に、新刊・古本・読書グッズが販売されています。

実家が本だらけだったこともあり本好きだという店主の竹田さんは、高校2年の時にオンラインで古本屋をスタート。社会人3年目の時に勤めていた会社を辞め、現在のリアル店舗開業に至ったといいます。本屋発の文芸誌『しししし』発行人兼編集長を務め、著書には『めんどくさい本屋―100年先まで続ける道(ミライのパスポ)』などがあります。

■芥川賞候補作のポイント

竹田さんは芥川賞のような文学賞があることで「1回立ち止まって今の文学がどういう状態なんだろうっていうのも定期点検みたいな感じで、(賞が読書の)きっかけになっています」と話します。

――1冊ずつご紹介していただけますでしょうか?

【『我が手の太陽』(著・石田夏穂)】
溶接工の話で、溶接工の人が職人としてのプライドを持っているんですけど、あることをきっかけにスランプに陥ってしまうんです。その時に現実と虚構がちょっとずつ溶け合っていくような形になっていて、身体を資本にして生きてきた人が、身体の調子を壊すことによって精神のほうもおかしくなっていく。仕事の描写も丁寧に書かれていく作品です。

【『ハンチバック』(著・市川沙央)】
先天性の疾患による側弯症の主人公があることをきっかけに“ある願望”をかなえようとするお話です。とにかくこの小説は読者を圧倒する内容と構成です。読者を安全圏にはとどめておいてくれない主人公の語りには圧倒されますが、それでもどんどん引き込まれるような文章の力も感じる作品です。

【『##NAME##(ネイム)』(著・児玉雨子)】 
ジュニアアイドルをしていた過去の自分(主人公)とどう距離感を保っていくかという話。ジュニアアイドルをしていたということを、ある人は“闇”と言ったりするんですけど、それが抽象化されて他人が抱くイメージと、自分が実際に体験したこととの狭間というか、間(あわい)で揺れ動く。もちろんそのことが発端で嫌なこともめちゃくちゃあるんだけど、自分の過去を簡単に否定もできない。全体を通してタイトルの意味が色々と重なっていくのも注目です。

【『エレクトリック』(著・千葉雅也)】
多感な高校生が、時代の進歩によって広がっていく世界の中で、自分の性や家族と向き合っていくお話。読みやすいお話ですが後半がいろんな受け取り方ができるので難解と感じる人もいそうです。前半から中盤にかけて高校生の親との関係など、多感な気持ちを丁寧に書き出していて面白い作品です。

【『それは誠』(著・乗代雄介)】
主人公が修学旅行の自由時間を使っておじさんに会いに、クラスメイトを付き合わせる小さな冒険の話。行動を一緒にするクラスメイトとの距離感やたわいもない会話が青春時代の雰囲気や匂いすら浮かび上がらせてきます。静かな感動が宿る小説で、『スタンド・バイ・ミー』や『ライ麦畑でつかまえて』などが好きな人に読んで欲しい作品です。

■時代を映す候補作

――最近の純文学のテーマに多いのは?

最近の傾向だと仕事小説的な部分もあったりして。近年は社会の問題だったりとか、市井の人が抱えている困難とかをテーマにする傾向にあるような気はします。学生のいじめの問題であったりとかもそうだし、社会人の貧困問題、差別の問題とか、そういうものがテーマになることは多いと思います。

――普段、純文学に親しみのない人でも手に取りやすい作品が多いですか?

社会の問題に関心がある人とか、自分自身が当事者として何かを抱えている人にとっては、考えるきっかけにはなりやすい気はしています。

読書に何を求めているのかによると思うんですよね。時代時代によって違って、純文学でも非常に突飛(とっぴ)な、難解で読者に激しいストレスみたいな物をぶつけるような作品もあるし、どっちかっていうと起承転結のないもの、日常系とまではいかないですけど、そういうものが(芥川賞)候補になる時期もあったりして、そこは時代を反映しているような気はしています。

――竹田さんのイチオシは?

『##NAME##(ネイム)』です。すごくいろんな問題が閉じ込められているんですけど、読み物としてうまく構成されているような気がしていて。短い中に、社会と個人の話が書かれていて、ちゃんと読んでスッキリするような形になっている。今まで(文学を)読んでいなかった人でも読めるかもしれない。

あとは『我が手の太陽』。溶接工の話の中でも、この作者(石田夏穂さん)は、仕事の現場を舞台にした小説をよく書いている印象なんですけど、仕事というものを丁寧に、主人公がどう捉えているかとか、読者の多くの方から見ると未知な仕事の手順とかをかなり細かく書いていると思うので、想像しやすく読みやすいんじゃないかなって気はします。

受賞予想は、おすすめとは変わってきますね。乗代雄介さん『それは誠』かな。どれも面白いから難しい。何度か候補になっているし、ここでとってほしいですね。(※乗代さんは今回4回目のノミネート)

■竹田さん流・純文学の楽しみ方

――最後に、竹田さん流・純文学の楽しみ方を教えてください。

この小説合わないな、っていうのを見つけるほうが実は大事だと僕は思っていて。なぜかっていうと(現実)世界っていうのは合わないものだらけなわけですよ。でもリアルで合わないものと出会ってしまった時って非常につらいじゃないですか。それが小説で合わないもの、例えば“なんかこれだめだな”みたいな世界観や、“この主人公嫌い”みたいな人と出会えるって、普通に現実で出会って嫌いだったら離れちゃうから、その人のこと考えないじゃないですか。小説はそれを客観的に見て、嫌いな主人公のこと考えられるんですよ。なかなかそういうことって僕はないと思うので。純文学の楽しみの一つかなと。

エンタメ(小説)とかって起承転結で、あースッキリした、みたいな感じじゃないですか。もちろんそこからも考えることはあるけれども“いかに楽しむか”みたいな読書だと思うんです。でも純文学は“いかに考えるか”っていうことが読書の醍醐味だと思っていて、面白い・面白くないでとどまらず、「なぜ面白い・面白くない」と自分が感じたのかを考える。そういう時間を大事に取れるような、考える時間を作るんだみたいな感じで受け取るのがいいんじゃないのかなって気がします。