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【解説】大企業過去最高益、日本に還流せず 日本に投資を取り戻す、政府、財界の案は?

2024年7月17日 7:00
【解説】大企業過去最高益、日本に還流せず 日本に投資を取り戻す、政府、財界の案は?
日経平均株価が最高値を更新 7月11日の場中
株価がまた上昇している。日本企業への成長期待もあるという。今月発表されている企業決算でも過去最高益が相次いでいる。しかし、株高だからといって、日本経済は大丈夫だという楽観的な発言は、政府からも経済界からも出てこない。

経済産業省は今月発表した通商白書で、円安なのに輸出が伸びていないと指摘した。財務省神田財務官は私的懇談会の報告書をまとめ、日本企業が海外で稼いだカネが半分しか日本に還流していないことの問題点を投げかけた。

財界のカンファレンスでは、経営者たちが「日本が投資を呼び込めない理由」を赤裸々に語り、変革を呼びかけた。政府や経済界はなぜ、じれているのか? 突破口は何か?
(日本テレビ解説委員・安藤佐和子

■通商白書…円安でも輸出が伸びない

今月、通商白書が公表された。そこで特に注目されたのは“円安なのに輸出が増えない”こと。

かつて1ドル=70円台、80円台だった時代、経済界はこぞって円高による苦境を訴えていた。

・2012年1月 経団連・米倉弘昌会長(当時)「円高が輸出企業の経営を圧迫している」

・2012年12月 トヨタ自動車・豊田章男社長(当時)「超円高をはじめとする六重苦は解消されず(略)このままでは、民間企業による必死の努力の限界を超え、日本のものづくりを守り続けることは難しくなってしまうのではないか」

それから12年たった今、円相場は全く逆の状況にある。1ドル=160円前後での推移。円の価値は当時の半分ほどとなった。確かに円高の時に苦境を訴えていたグローバル企業の多くは、過去最高の利益をあげている。

しかし、通商白書は次のように指摘した。「円安は輸出の好機であるにもかかわらず、実質で見た輸出(の数量)は伸び悩んでいる」。なぜか。企業は円高の時代に指をくわえて見ていたわけではなく、生産の多くを海外に移してしまったからだ。その結果、いわゆる“産業の空洞化”が引き起こされ、当然ながら輸出量の減少につながった。したがって、円安になったからといって、輸出量がそう増えるわけでもない。

白書はさらに、もう一つの背景を指摘した。企業が輸出によるメリットを数量の多さではなく、為替の差益に求めるようになっているというのだ。かつてのように、円安を武器にして価格優位で販売を伸ばす手法ではなくなっているという。企業からすれば、利益が増えるなら、それでいいかもしれない。だが、大企業が販売量を増やさないということは、そこに納めている中小下請け企業の売り上げも増えないだろう。だからといって「グローバル企業は、けしからん」と責めたてられる話でもない。

では、どうすべきか。まず白書は「円安は中小企業などが輸出を新たに始める好機」として、万全な輸出支援を継続するとした。また、国内生産拡大を後押しする施策も強化されている。例えば、半導体や先端電子部品、産業用ロボットなどの生産設備投資などの費用を助成する。では、生産の国内回帰は増え、日本経済は好転するのか? まさに、その処方箋づくりに向けた議論が財務省の一角で行われていた。

為替相場急変のたびに、メディアにお目見えする神田眞人財務官。7月2日、私的懇談会の報告書を発表し「大企業が海外で稼いだ利益が日本に戻ってきていない」ことを指摘した。報告書は第一線で活躍するエコノミストや大学教授らとまとめたもので、「国際収支を切り口として日本経済の課題を洗い出し、課題克服のための処方箋を議論した」というものだ。

2023年度、日本の経常収支は過去最大の黒字を記録したが、内訳を見れば貿易収支もサービス収支も赤字。黒字だったのは「第一次所得収支」、つまり、海外子会社からの配当や海外投資から得る利子などにとどまった。ただ、そのもうけについても神田財務官は、こう指摘した。「非常に心配なのは(海外で得たもうけの)多くが海外で再投資されている。少なくとも海外直接投資による収益の半分は、日本には戻って来ないという状況」。国内向けの投資は“日本が投資対象としての魅力に乏しいことを反映し、長らく停滞してきた”(神田氏)という。

この結果、生産設備が古いまま→新しい技術の活用につながらず→取引先等、中小下請け企業も含めて生産性や賃金が低迷した、と指摘している。

さて、処方箋は何か? 神田氏の報告書で挙げられた一つは「期待収益率」を高めること。日本に投資したら、高いリターンが得られると認識されることだ。そのためには、これまでの「既存の雇用や企業を守ること」重視の政策を変え、市場から撤退すべき企業は撤退させ、「成長分野への労働移動(転職)」を円滑化する。また、AIやデジタルなどの先端分野・高付加価値分野での国際競争力を取り戻すために、人への投資や技術開発を促す政策も重要だとした。

◇急がないと結構しんどい

7月いっぱいで退任が決まっている神田財務官。「一時的な失業率の上昇を許容して、労働移動して、高い賃金を出せるところ、成長する企業にリソース(人材、資金)が行くようにするのは、そんなに簡単じゃない。政治構造が、どうしても持続可能性がない企業を守るようなところにバイアスがかかる仕組み。けれども、さすがにこれをやっていたら、もう日本が持たない」。現政権もその方向で進めているとの認識を示した上で、「急がないと結構しんどい。急いでやれば、かなりの勝算はあると思う」と話した。

■企業は動き出すのか

日本国内への投資を拡大するには、どうしたらいいのか。今月、長野県軽井沢のホテルで行われた経済同友会メンバーらのカンファレンスでも討議された。
日本IBM山口明夫社長は、日本企業自らが国内投資すべきと訴えた。「日本は30年間、安いものを海外でつくって輸入するというメリットを享受してきた結果、産業の空洞化が起きた。人手不足で生産に支障が出るなら、自動化を進めて、生産、輸出するなど、日本企業が自ら国内に投資する姿勢を見せない限りは、海外からも日本が魅力的だと受け入れられないのではないか」。そして、日本IBMは海外でソフトウエアを製造していた3000人を国内にシフトしたと明かし、「日本でつくるという流れに変えていきたい。経済界のみんなで、もう一度、国内投資を含めて見直すというのが一つの突破口」と呼びかけた。
インテル鈴木国正会長は日本の強みを、さらに強くする投資を優先する重要性を訴えた。具体的には世界でも卓越している「装置産業」をより強化して、中国や韓国に負けない強さを維持するのが重要だと強調した。その実現に向け、インテルはリーダーシップを取り、半導体関連企業15社ほどと後工程標準化に向けて取り組んでいるという。
投資ファンド「ユニゾン・キャピタル川﨑達生会長は、日本に投資を呼び込むためには「円安で割安だから買われる」のではなく、資産の魅力を高める必要があると話した。日本は規模が小さい会社が多すぎて、生産性が上がらない傾向があるので、M&Aなどで規模を大きくして、IT投資などに利益を回し、効率化を進めた方がいいという。「M&Aで日本の会社数が減ったとしても、それは雇用が減ることとは全く別のことで、むしろ利益を出せるようになれば、報酬を上げる、業容拡大で採用を増やす、ということにつながっていく」としている。
一方、パナソニック コネクトの樋口泰行CEOは、企業への投資が日本の競争力に結びつく形の投資にならなければいけないとクギを刺した。企業が買収された際に、技術やノウハウがきっちりと引き継がれていく必要があるとしている。さらに、日本の経営に苦言を呈した。「時代遅れで、圧倒的にアップデートしないと何も始まらない」。海外の経営者に比べて動きが遅く、経営判断や行動に時間がかかると指摘。すべての考え方がサビついていて、アップデートしないと、(技術やノウハウが)みんな海外に流出してしまうのではないかと危機感を示した。

◇ゾンビのまま放置しない

通商白書、神田報告書、経済同友会の議論、これらから発せられたのは、「今こそ、停滞していた日本を変える時だ」というメッセージだ。グローバル企業が、おのおの海外で稼いでいるだけではダメで、日本に資金を呼び込み、それによって競争力を高め、利益を出す。そのためには、強い分野をもっと強くし、人材もそこに寄せる。

裏を返せば、衰退産業、いわゆる“ゾンビ企業”を優遇して温存してきたやり方に、今度こそ見切りをつける(必要がある)。そうでなければ「日本は持たない」。「ゾンビ企業に退場を促すこと=冷徹」とはならない方法はあるだろう。ゾンビのまま放置するのではなく、そこで働く人たちに、よりよい人生への道筋を提示する方に知恵とカネを使うべきだ。