医師会と日商 中小ワクチン接種協力のワケ
「政府はワクチン接種をどんどんやれと言っておいて、準備したら『ワクチンが足りない』という。もう今後繰り返すのだけはやめていただきたい」。
厳しくこう言い放ったのは東京都医師会会長だった。この辛辣(しんらつ)な言葉の背景には何があったのか?コロナ禍で苦しむ飲食や観光関連の中小企業を救いたいという医師会と商工会議所の思いが一致した背景は?
【寝耳に水だった日商主導】
「待ちに待った職域接種がきょうからスタートします」(日本商工会議所・三村明夫会頭)
東京商工会議所など全国7つの商工会議所で7月8日から合同職域接種が始まった。政府が職域接種の検討を始めたのは4月。しかし「自社に産業医のいない中小企業は取り残されるのではないか」という懸念が商工会議所に広がっていた。
そんな中、6月1日、加藤官房長官の会見での突然の発言に商工会議所の関係者らは耳を疑った。
「企業単位での職域接種を認めます」「中小企業が商工会議所などを通じて共同で実施することも可能とします」(加藤官房長官)
商工会議所の三村会頭ですら寝耳に水だったという。
【飲食店を悪者にしたいわけではない】
戸惑いながらも、三村会頭は即座に動いた。関係者によると、東京都医師会の尾崎治夫会長に直接電話。打ち手の確保への協力を求めた。尾崎会長からは、全面的に協力するとの回答を得たという。
実は商工会議所は4月と5月に東京都医師会とコロナ対策で懇談を行い、その中で医師会から「飲食店を感染拡大の悪者にしたいわけではない。早く手を打って感染を抑えたい」という思いを聞いていたという背景があった。
【ワクチンチーム結成】
東京都医師会は、歯科医師会、薬剤師会、看護協会と矢継ぎ早に働きかけ、東商での職域接種に当たる「ワクチンチーム」を結成した。一日につき医師3~4人、歯科医師2人、薬剤師5人、看護師8人の20人弱が500人以上の接種に当たり、9月末までに2万人に2回の接種完了を目指す。
そして7月8日、日商三村明夫会頭と会見に臨んだワクチンチームトップらからは、実現にこぎつけるまでの裏話が明かされた。
<東京都歯科医師会>
井上惠司会長は「ほとんどの歯科医師はあまり筋肉注射の経験がない」と述べ、多くの歯科医師がこのワクチンチームに参加するために研修を受け、テストを受け、合格した者が看護協会から実技研修を受けたと明かした。「実績はないが十分研修を受けたので安心して受けていただきたい」と述べた。
<東京都薬剤師会>
永田泰造会長は「私どもは4団体の中で唯一接種できないと法律上決まっている」と述べながら「一番得意としている分野を受け持つ」と自信を見せた。「ワクチンの流通量が決まっている中でエラー(ミス)から発生した医薬品の廃棄が起こらないようにすることこそが私たちの役割」と責任感を示した。さらに「他の接種会場でも薬剤師を活用していただきたい」と意欲を見せた。
<東京都看護協会>
山元恵子会長は、看護協会で歯科医師1000人にワクチン接種の実務研修をしたと述べ、歯科医師らの活躍に期待を示した。元看護師などの潜在看護師らからも協力を得られていて、接種会場で予診、観察も含めて役割を担うとしている。
【医師会の思い、経済界の思い。政府への苦言】
ワクチンチーム結成をリードした東京都医師会の尾崎会長は多くに協力を得られた理由について、「忙しい医師らが報酬が多いわけでもないのに協力してくれたのは、中小企業の方々に早く打ってもらって、社会経済がどんどん動いていくようにしたいという気持ちが医師の間でも強かったのではないか」との認識を示した。
その上で、「新宿区の歌舞伎町で、飲食店の従業員と客が検査で陰性と確認できれば、店は飲食を提供して客も楽しめるという仕組みを広げようと取り組んでいる」と紹介し、感染抑制と経済の両立に協力したいという意欲を示した。ワクチンが効いて病床使用率が下がることは病院の負担軽減にもつながる。
そんな中で足を引っ張っているのはワクチンの供給問題だ。全国にある99の商工会議所が政府にワクチン接種の申請をしているが、承認されたのはまだ7つの商工会議所にとどまる。
尾崎会長は「(政府はワクチン接種を)どんどんやれと言っておいて、準備したら『足りない』と」「供給スピードと需要のデータを入れれば状況を把握できると思う」「急にもう足りないからやめろとか、今後繰り返すのだけはやめていただきたい」と苦言を呈した。
日商の三村会頭は緊急事態宣言の再発出を前に「自粛しなければいけないが、同時に生活しなければいけない」「唯一の救いがワクチンになっている」と述べた。
世間全体でワクチン接種率を高め、感染対策をさらに向上させたいとしている。