ウクライナ情勢がもたらす食料危機と政情不安とは?
ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、世界の食料事情にも暗い影を落とします。特にウクライナは「欧州の穀物庫」とも呼ばれ、中東やアフリカ地域などに輸出しています。食料危機は、政情不安にも結びつく深刻な問題です。
4月7日の「深層NEWS」では、資源・食糧問題研究所代表の柴田明夫氏、神戸学院大学教授でウクライナ国立農業科学アカデミー日本人初の外国人会員でもある岡部芳彦氏をゲストに、ウクライナ情勢がもたらす世界の食料危機と政情不安の可能性を議論しました。
■「欧州の食料庫」
右松健太キャスター
「世界有数の穀倉地帯として知られるロシアとウクライナは、FAO(=国連食糧農業機関)の統計を見ても主要な穀物の上位輸出国に名を連ねている。この両国は世界の食料をどのくらい支えている?」
柴田明夫氏
「ロシアは小麦の世界最大の生産国で、ウクライナと合わせると世界の輸出量の3割を担っています。そういう意味で非常に大きいですね」
「小麦ばかりではなく、ウクライナはトウモロコシも、通常であれば年間3500万トンほど生産する国です」
岡部芳彦氏
「世界の食料庫であるとともに、今のグローバル経済の中の一つの仕組みとして組み込まれてるのです。ウクライナ情勢が世界規模で影響を及ぼすというものが食料問題、そして農産地の問題だと思われます」
■穀物輸送ルートが阻まれる
郡司恭子アナウンサー
「こちらはウクライナ国内の穀物の輸送ルートを示した地図です。小麦やトウモロコシなどウクライナ産の穀物は、鉄道、トラック、さらに川などの水路を利用してオデーサなど黒海に面する港に輸送。ウクライナの農産品のおよそ95%は、この黒海を経由し船舶で輸出されます」
「この地図に、ロシア軍が支配している地域を赤で示しますと、輸出の起点となる港の一部は、赤い地域に含まれ、また黒海経由の船舶の航行の多くはロシア海軍に阻まれているということです」
「ロシア軍による沿岸部の制圧はウクライナの輸出をとめる目的もある?」
柴田氏
「出口を塞いでしまうと穀物の行き場がなくなって、じわじわとウクライナの国力を削ぐことになります」
右松キャスター
「ウクライナ内陸からで列車など陸路輸送は?」
岡部氏
「ウクライナは鉄道網が発達していますが、線路は旧ソ連型ですので、貨物は国内線ならいいのですが、国外は標準軌になるので幅が合わないため積み替えねばならず、うまくリンクできないという問題もあります」
■「ロシアが兵糧攻め?」
右松キャスター
「ゼレンスキー大統領は6日、アイルランド議会で行ったビデオ演説で、『ロシアが燃料や食料の貯蔵庫を標的とし、農産物を積んだ船の往来を封鎖して、兵糧攻めにしている』と指摘。その上で『ウクライナからの輸出がなければ、アフリカやアジアで飢餓が起こる』として、『ロシアは意図的に食料危機を引き起こそうとしている』と非難した。この発言をどう受け止める?」
柴田氏
「まさにその通りだと思います。世界でロシア産とウクライナ産の小麦を輸入している国は50カ国ほどあります。東南アジアや中東、北アフリカ、サブサハラなどの地域です」
「貧しい地域もあって、ロシア、ウクライナ小麦は必ずしも品質が良いというわけではなく、安価のため頼っている国はたくさんあります」
「もうすでに価格が上がってきてますから、やはり社会混乱を招く可能性高いです」
■収穫も作付けもできず
郡司アナ
「3月、FAO(=国連食糧農業機関)は、ロシアの侵攻に伴い、ウクライナでは小麦などの冬作物について20%の農地で収穫ができず、とうもろこしなどの春作物については30%の農地で作付けが困難となると予測しています」
■「欧州の穀倉」ウクライナ農業は?
右松キャスター
「今後、黒海沿岸の港が、もし解放され輸出が再開されたとしても、収穫も作付けも停滞するということは、ウクライナの農業自体が地盤沈下するようなことも起きうる?」
岡部氏
「はい。これは戦闘の趨勢にもよりますが、例えば春小麦は作付けが5月から6月にかけてです。戦闘が1、2ヶ月長引くとこの時期に差しかかってくるのでそれも難しくなります」
「少しでも長引くと、冬にかけての作物にも影響が及びます」
右松キャスター
「収穫した穀物も運べず、これから作付けすることもままならないウクライナの現状において、ロシア軍がウクライナの穀物貯蔵施設を攻撃したとも報じられている。ウクライナ農業の復興には相当の時間がかかる?」
柴田氏
「はい。作付けができない理由の1つに、軍用に調達されているためトラクターを動かす燃料がない、農業従事者の人手もなく農地も荒らされている。農業サプライチェーンを壊されてしまうと、復帰するのはかなり時間かかります」
■食料危機がもたらす政情不安
郡司アナ
「紛争が長期化しているイエメンでは食料価格が高騰。飢餓状態とされる人が5倍に増える見通しもある中、ロシアのウクライナ侵攻の影響で3割以上を占めるウクライナからの小麦の輸入が停滞しています」
「また、輸入分の8割をロシア・ウクライナ産に依存するエジプトでは侵攻後、制裁や供給減の不安が高まり、パンの価格は50%上昇しました」
「レバノンは国内に出回る小麦の9割以上がロシア・ウクライナ産で、『国内備蓄は残り4~6週間』という危機的状況だといいます」
右松キャスター
「中東などでは、パンの値上がりが動乱の契機となった歴史がある。エジプトでは2011年の『アラブの春』で市民の蜂起拡大の要因となったとされている。穀物の供給状況が政情不安に影響する?」
柴田氏
「大いにあると思います。もう既に起こりつつあるんじゃないですかね」
「アラブの春のきっかけは、ロシアなんです。プーチン首相の時にロシア干ばつで輸出を止めました。それが響き、結局、今回の構図と同じように小麦の輸入価格が上がりパンの値段が上がりました」
「アラブの春は、チュニジアの『ジャスミン革命』から始まり瞬く間に、社会不安や不満が高まり民主化運動が次々と連鎖していきましたが、まだこの地域は、問題がうずくまっている状態だと思います」
「2020年はサバクトビバッタの大量発生の問題があったり、内紛が続いていたりする中で、アフリカ東部6カ国は飢餓状態になっているわけです。こういう状況の中での問題ですから、さらに影響が広がる恐れが非常に強いです」
読売新聞 飯塚恵子編集委員
「ウクライナ危機が始まってから、欧州の農家の間で広がる『4F』の悩みがあるそうです」
「feed(家畜のえさ)、fertilizer(肥料)、fuel(燃料)、finance(資金繰り)の4つのFが回らなくなって非常に困っているという話が広がっている」
「さらにウクライナ、ロシアからの輸出が減る中で、欧州各国での自前の生産も減れば、食料の供給は一段と厳しくなる。各国が自分の国を優先して食料を確保するため、輸出規制を行う可能性もあります」
「価格が上がりお金持ちの国が高品質のものを集めて、貧しい国にますます食料が行き渡らなくなる。構図はコロナのワクチンと似ていると思います」
「私は資金力のあるG7が中心となって、各国が輸出規制などを行わないよう主導するべきだと考えます」
右松キャスター
「今後の食料問題の行く末をどう見る」
岡部氏
「戦争の行く末につきます。早く終われば影響が少ないですが、もし長引けば我々はそれに備えて適応していかなければなりません」
右松キャスター
「日本はどうするべき?」
柴田氏
「日本は『不測の事態に備える』というが、その不測の事態は短期的な食料調達の中断を想定していると思います。問題はもっと長期的で絶対的な食料不足です。これは国内の米を中心にできるだけ増やすべきだと思います」
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