ポーランドで広がる「脱ウクライナ支援」 ウクライナ産農産物による自国農業“崩壊”危機で総選挙に影響も
ウクライナのゼレンスキー大統領は9月、国連でウクライナ産穀物の輸入を禁止しているとしてポーランドを批判。これに対してポーランドが強く反発するなど、波紋が広がった。
そのポーランドでは15日に総選挙が行われるが、「ウクライナへの支援停止」を訴える政党が支持を伸ばし、与党も「自国最優先」の政策を打ち出すなど、“脱ウクライナ支援”の動きが出てきている。ウクライナとの関係悪化の引き金となったウクライナ産の農産物をめぐる国内の状況を含めて、現地の様子を取材した。
(NNNロンドン支局 後閑駿一)
■ポーランドで広がる“支援疲れ”からの「脱ウクライナ支援」 インフレによる生活苦も…
「募金に応じてくれる人は本当に少なくなりました。見向きもされないこともあります」――ポーランドの首都ワルシャワで、ウクライナ国旗をまといながら募金活動をする女性は、力なくこう話す。
ポーランドは「ウクライナの次は自分たちが侵攻されるかもしれない」という危機感から、ロシアによる侵攻開始当初からウクライナへの軍事支援や避難民支援を積極的に行い、西側諸国へも支援強化を呼びかけてきた。しかし侵攻から1年半以上が経過し、隣国としてウクライナを支えてきたポーランドでも“支援疲れ”が顕著になってきているのが現状だ。
「ウクライナ支援は必要だと思うけれども、まずは国内の経済状況をどうにかしてほしい。全てのモノの値段が上がっていて生活がやっとなのに、他の人を助けられますか?」
ワルシャワの市場で話を聞くと、多くの市民が口にするのがインフレによる生活苦。この1年間でバターの価格が2倍になるなど、日々の生活で欠かせない食料品の価格の高騰も響き、市民の間では、ウクライナへの支援よりも足元の生活に必死の様子がうかがえた。
財政的な厳しさは、政府も同様だ。ポーランド政府は、今年9月、規模を縮小しながらも継続する予定だった約1000人のウクライナ避難民が生活していた支援センターを閉鎖し、孤児向けの施設以外のウクライナ避難民向けの宿泊施設も全て閉鎖。避難民の生活を支援する団体などへの金銭的な援助も大幅に削減した。
今後は、年内はビザの発給の優遇措置や子ども向けの支援などを続けるものの、ポーランド政府はこうした支援も「来年にはそのまま失効し、延長しない」方針を明らかにしていて、支援を打ち切る構えだ。
■ウクライナ産の農産物をめぐって関係に「ひび」
さらに、“支援疲れ”だけではない問題も発生している。今年7月、ロシアが黒海を通じた穀物輸出の合意からの離脱を表明して以降、小麦をはじめとするウクライナ産の農産物の輸入・輸出をめぐって、ポーランドとウクライナの関係に亀裂が入っているのだ。
当初、EU(ヨーロッパ連合)は、域内の農産物保護のため小麦などに輸入規制をかけていたものの、9月にその規制を解除。これにポーランド、スロバキア、ハンガリーの3か国が反発し、それぞれ独自の輸入規制を敷くことを決定した。
この決定を受けて、ウクライナのゼレンスキー大統領は国連総会で「一部のEU加盟国が連帯を示しているように見せかけて、実際にはロシアを間接的に手助けしている」などと批判する事態に。こうした対応に反発したポーランド側は、今後、ウクライナへの新規の軍事支援を行わない方針を打ち出したほか、ウクライナの首都キーウで開かれたEU外相会談にポーランドは外相の派遣を取りやめた。外相は「不参加は両国の関係衰退の表れだ」と声明を出すなど、関係悪化が決定的になっている。
■ウクライナ産農産物で「ポーランドの農業が壊れる」懸念
ポーランド政府は小麦やとうもろこしのほか、ラズベリーなどに対して輸入規制をかけているが、関係悪化の引き金となったウクライナ産の農産物をめぐる国内の状況はどうなっているのか、農家を取材した。
ワルシャワ郊外で、とうもろこしやラズベリーを栽培する農家のヤン・アントノビッチさんは、厳しい状況をこう訴える。「卸業者は、たくさんの安いウクライナ産のラズベリーの在庫を抱えています。『ポーランド産は買わない』と言われたので、今年は半分以上の苗を伐採しました。この状況が続くようなら、苗を維持するための費用で赤字になるので、全ての苗を伐採しないといけません。ラズベリーの苗は植えてから実をつけるまでに3、4年かかるので、本当に死活問題です…」
輸入規制がかかる前に安価なウクライナ産農産物がポーランド国内に入ってきたことから、多くの卸業者が今もポーランド産のとうもろこしやラズベリーなどの農産物の取引を渋っていて、農家の生計を直撃しているという。アントノビッチさんの畑の中でまだ残っているラズベリーの苗には、収穫されずにしなびた実がぶら下がっていた。
「ラズベリーの価格よりも収穫する経費の方が高くつくので、そのままにしてあるんです」アントノビッチさんはラズベリーの実を見つめて、諦めにも似た乾いた笑いを浮かべる。「ウクライナ支援は続けるべきだと思うが、それと農産物の話は別問題」と訴えた上で、政府に継続的な対策を求めた。
「政府には、今後もウクライナの農産物の売買禁止を求めます。農産物がポーランドを通ること自体は認めてもいいと思いますが、国内で売ることを認めてしまうと、このままではポーランドの農業は壊れてしまいます」
■選挙を控えてポーランド与党の姿勢に変化
こうした状況の中で、15日に行われるのはポーランドの総選挙だ。最新の世論調査では与党の「法と正義」が第1党となる見込みなものの、4年前の選挙と比べて支持率を落としていて、中道・左派系の野党連合と拮抗(きっこう)する予測となっている。
地元メディアは、政権継続のために「与党はよりナショナリズムを強調した政策で訴える作戦に出ている」と分析。与党は世論の「脱ウクライナ支援」を受けて、「避難民支援の縮小・軍事支援の停止」とともに、「自国の安全保障強化に注力していく」という方針を鮮明にしてきている。また、上述したウクライナ産の農産物で影響を受けた農家に対して補償を行うことを公約にして、農家の支持獲得に躍起だ。
実際に与党の集会を取材すると、民族衣装を身にまといポーランド国旗を持った人々が多く参加していた。演説でも、党首が「ポーランドをイギリスやドイツなどに肩を並べる経済大国にする」と豪語すれば、農業相は「EUは、ウクライナ産の農産物に対する我々の対策を壊した」とEU批判を展開し、ポーランドによる独自のウクライナ産の農産物への規制の正当性を訴えた。
「自国最優先」がにじむ内容に、参加者した有権者からも「ウクライナへの支援は、自国民への支援が終わっても予算が余ったらやる、というくらいにすべきだ」「支援はするべきだとは分かっているが、国連総会でのゼレンスキー大統領の演説はひどかった」などと声があがり、自国の経済立て直しを求める一方で、侵攻当初と比べて、ウクライナへの連帯が著しく薄れてきている印象を感じた。
■ウクライナ支援に反対する急先鋒の野党の存在も
さらに、第三極として支持を伸ばしつつあるのが、極右政党「コンフェデラツィア(連盟)」だ。減税のほか、EUからの離脱や、ウクライナへの支援停止を訴えていて、農家や若者世代などを中心に支持を集めているという。
現職国会議員のドボルミル・ソシニェシュ氏は「我が党は、ウクライナに武器を輸出しすぎて自国内の武器がなくなることを心配しています。ポーランドはこれまでにウクライナに対して大変苦労して支援をしてきましたが、その代わりに期待していたほどの見返りを受けていません。そのため、支援を停止するべきだと主張しているのです」と話す。
さらに「ウクライナの農産物が原因で、ポーランドの食糧需給が崩れたので、ポーランドの政治家全員が、ウクライナ支援から距離を置くことになったのです」と話し、こうした「脱ウクライナ支援」の意識は極右政党だけに限るものではないと強調した。
与党の「法と正義」は、過半数の議席を獲得できなかった場合、「コンフェデラツィア」との連立を含めた少数政党との連立交渉しか政権継続のための道が残されていない。与党も、中道・左派系の野党連合も過半数の議席を取れず、再選挙となる可能性を指摘する地元メディアも出てくるほど拮抗した情勢だ。
ヨーロッパでは、そうしたポーランド国内の政治状況が注視されていて、いずれの結果となっても、国内におけるウクライナへの支援の優先度が下がり、関係の悪化が続くのではないかとの見方が出てきている。
■「侵攻がここまで長引くと思っていなかった」ポーランドのウクライナ支援団体は…
こうした状況に、ポーランド国内にいるウクライナからの避難民は不安を隠しきれない様子だ。首都ワルシャワで開かれていた就職支援のシンポジウムには、支援の縮小を受けて職を探す多くの避難民の姿が。ウクライナ北東部のハルキウから避難してきたという女性は「最近になって職を失ったので、とても困っている。ポーランド政府には、隣国として、もう少しウクライナからの避難民のことを考えてもらいたいと思う」と悲痛な思いを語った。
就職支援のNGOの副代表を務め、自身も27年前にアフリカのソマリから難民としてポーランドに来て、現在はポーランド国籍を取得しているエルミ・アブディさんは「侵攻当初は、長く続くとは思っておらず、官民をあげて支援をしてきたが、侵攻が長引くにつれて、政府も市民個人もウクライナへの支援を続けることが難しくなってきている」と話す。
自身の経験から「ウクライナの避難民にはとても同情している。政府の支援縮小の方針は間違っていて、侵攻が続いている国への支援は続けていかないといけない」とした上で、「ウクライナからの避難民へのビザは滞在期間が短く設定されていて、職を探すにも不安を感じながらになってしまう。このままでは、支援もない、職も十分に探すことができないという危険な状況が常態化しかねない」と警鐘を鳴らす。
■東欧ではスロバキアで「ウクライナ支援反対」掲げる党が第1党に EUのウクライナ支援予算案にも暗雲
実はこのような状況はポーランドだけにとどまらず、同じくウクライナと国境を接するスロバキアでも起こっている。スロバキアもウクライナに戦闘機の供与など軍事支援を積極的に行ってきたが、9月末の総選挙で「今後、ウクライナには弾丸1発も送らない」などと軍事支援の停止を掲げたフィツォ元首相率いる政党が第1党になった。
フィツォ元首相は、侵攻当初から親ロシア寄りの立場を貫いているハンガリーのオルバン首相と近く、「EU議会などで、スロバキアとハンガリー、そして選挙の結果次第ではポーランドも加わって、結束して反ウクライナ支援の動きを展開する可能性がある」などと警戒されている。
さらに、そうした国々の動きによって、ウクライナへの長期の支援を含んだ約500億ユーロの巨額の予算案の承認に暗雲が立ちこめるのではないかという懸念も高まっている。予算案の承認には、EU加盟国全ての承認が必要となっていて、年末までに可決されない場合は、EUからのウクライナ支援の予算が底をつくため、ウクライナの懐事情に直撃することになりかねない。
イスラエルとイスラム組織「ハマス」との間の軍事衝突によって、アメリカはイスラエル支援に注力せざるを得なくなり、ウクライナへの支援はイギリスやEU中心となっていく、という観測も出る中、スロバキア、ハンガリー、そして選挙結果次第でポーランドといった、ウクライナの近隣国の態度硬化が、ウクライナ侵攻の行方に直結しかねない事態となっている。