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【解説】日韓関係の正常化 一気に動いたワケ なぜ今? 尹大統領の対日観は?

2023年3月18日 10:00
【解説】日韓関係の正常化 一気に動いたワケ なぜ今? 尹大統領の対日観は?
銀座で“オムライス外交”を行う日韓首脳(今月16日、内閣広報室提供)

岸田首相と韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領による首脳会談が実現し、約12年ぶりに“シャトル外交”の再開などで合意した。銀座の飲食店2軒をハシゴし、“オムライス外交”で信頼を深めた両首脳。
“戦後最悪”ともいわれる状況を乗り越えて、日韓関係が一気に正常化に向けて動き出した背景には何があったのかー。なぜ今?尹大統領の対日観は?
(NNNソウル支局長 原田敦史)

■異例の銀座"オムライス外交" 約12年ぶりの日韓"シャトル外交"再開で合意

夜の銀座は、騒然としていた。

警察官が数ブロックにわたりずらりと並び、韓国側のSP、両国の当局者、報道陣が入り乱れ、街行く人たちも何事かと足を止めた。岸田首相と尹大統領は、外交の舞台を永田町から銀座の飲食店に移し、会食をしていた。1軒目は夫人同席で「すき焼き」から始まり、2軒目は老舗の洋食店で「オムライス」と、首脳の夕食会としては異例のハシゴ。日本のビールと、韓国の焼酎「ソジュ」を交えながら、"オムライス外交"が繰り広げられた。

「両首脳の信頼が深まったのは事実で、政治的不信を取り除くことができた。洋服の最初のボタンをうまくかけられた」

同行した韓国政府高官は、一連の会談をこう評価した。

およそ1時間半の首脳会談では、首脳による相互訪問「シャトル外交」や、外務・防衛当局による安全保障対話を再開することで一致。経済安全保障に関する協議を新たに立ち上げることでも合意した。韓国側がいつでも破棄できる状態になっていたGSOMIA(日韓で軍事機密を共有する協定)を正常化させるとともに、日本政府の輸出管理の強化措置も"解除"されることが決まった。

いわゆる元徴用工問題以外の懸案も、一括して解決の道筋がつけられ、日韓関係は正常化に向けて一気に動き出した。

■尹錫悦大統領とはどのような人物か? 日本との接点も

大統領となった今では、尹氏に直接会うことは容易でない。しかし、筆者は大統領選挙の期間中に何度か、直接会う機会があった。

地方などへの遊説の日程のうち、なるべく韓国メディアが行かないであろう場所に先回りし、日本などに対する考えを聞こうとしていたからだ。連日、挨拶を重ねると、「あぁ、きのうの日本の放送局。日本テレビですね」などと尹氏が気さくに声をかけてくることもあった。ただ、党内予備選、本選と接戦が続く中、側近のガードもどんどん堅くなり、カメラの前で日本についてなかなか口を開くことはなかった。

尹氏と直接交流した人々への取材を重ねていくと、人物像が少しずつ浮かび上がってきた。

「お酒が大好きで日本のビールも好む。日本の料理も大好き」
「検事時代から兄貴肌で、自分で決める」
「日本の司法制度や検察捜査の手法、特捜事件にも深く興味を持っている」

尹氏の父親は経済学者で、日本の一橋大学に留学し、客員教授を務めた人物。尹氏自身も日本に何度も来たことがあり、オムライスも"思い出の味"なのだという。

もともと日本に対する距離感は近い環境に身を置き、日本を"政治的な対象"というよりは、司法制度の参考や比較対象として見てきたものとみられる。大統領選挙の構図が決まり、相手候補との争いが激しくなり始めた2021年11月11日、尹氏は自身のSNSに、こう決意を書き込んでいる。

「私が大統領になれば就任後、すぐに韓日関係の改善に乗り出す」

就任当初、日本側からは「アメリカに言われて日韓関係を取り上げているだけでは」などと懐疑的な声も聞かれた。しかし、その後、尹大統領が主導する形で、羽田=金浦の航空路線再開、ビザなし渡航の再開など、日本との人的交流を拡大する政策を先行して実施。尹大統領と会談した日本の政治家や企業家らからは、「大統領の日韓関係改善にかける思いは本物だ」との声が聞かれるようになっていった。

■尹大統領が政治決断 「速度が速すぎる」側近の慎重意見も

首脳会談まで、一気に進んだ日韓関係を正常化する流れ。

当局間の水面下の交渉が、平行線をたどる中、事態打開のきっかけを作ったのは韓国側だった。3月6日、朴振(パク・ジン)外相は、韓国政府傘下の財団が民間の寄付をもとに、日本企業の賠償を肩代わりする解決策を公式に発表した。日本企業による自発的な寄付に期待を寄せたものの、日本側の出資は必ずしも条件になっていないものだった。

直後に岸田首相や林外相が「歴代内閣の歴史認識を継承する」と表明したものの、直接的な"お詫び"の表現はなかった。『日本側による財団への出資』と『お詫びの表明』は、韓国側が一貫してこだわり続けてきた"最低ライン"だったが、これを韓国側が譲歩した形になったのだ。

ある日韓外交筋は、驚きをもって受け止めていた。

「これは官僚にはできない、まさに大統領による政治決断だった」

というのは、大統領の外交ブレーンらの中でも、「韓国側のスピードがあまりに速すぎる」と早期の解決に向けた動きにブレーキを踏む、慎重意見も出ていたからだ。

そして、解決策が発表されると、尹政権に厳しい論調の革新系メディアは「最悪の"親日"屈辱外交」「外交敗北」などと書き立てた。一方、保守系のメディアの中でも、肯定評価だけでなく、「日本企業が出資しない半分の解決」などとクギを刺す論調も目立った。今回の首脳会談についても、「経済と安全保障の分野で進展を成し遂げた」(保守系メディア)との評価の一方で、「日本の"誠意ある呼応"が皆無で、外交の惨敗」(革新系メディア)などと批判も多く、世論は割れている。

■尹大統領はなぜ今、決断したのか?

尹大統領も、韓国国内で反対世論が多く出てくることはわかっていたはずだ。そこで、尹大統領がなぜ今、決断をしたのかという疑問が湧く。ここには、以下のような複合的な要因が作用していると考えられる。

①外交日程(アメリカへの国賓訪問、G7広島サミット)

1つは、外交日程からの逆算だ。

徴用工の解決策発表後、アメリカの動きは早かった。ただちにバイデン大統領が「韓国と日本の国民にとって重要な一歩だ」と歓迎する声明を発表。翌日の夜遅くには、尹大統領が4月下旬にアメリカへ国賓として訪問することが米韓で同時に発表された。解決策が出されるのを待っていたかのような周到な動きだった。尹大統領としても、まずは徴用工問題に解決の道筋をつけて日本訪問を実現させ、その後、アメリカに行きたいとの思惑もあったであろう。

そして、5月には、広島でG7サミットが予定されている。ここに尹大統領もオブザーバーとして参加して日米韓3か国で首脳会談も行い、連携を確かなものにしたいという構想があるのだ。

②韓国国内の政治環境(近づく総選挙、野党の求心力低下)

また、韓国は来年4月に国会議員の総選挙を控えている。

2020年に当時の選挙では、文政権が大勝し、今の野党「共に民主党」は定数300のうち、169議席と過半数を占める。一方、尹政権を支える与党「国民の力」は115議席。尹大統領としては次の選挙で勝ち、政権と国会の"ねじれ状態"を解消することが安定した政権運営のために重要だ。選挙に向けた動きはこの秋ごろから加速するため、日韓関係のような"政権の体力を使う懸案"は「夏前までに解決」することが必要な状態だったのだ。

また、徴用工問題の解決策について、1年前の大統領選挙で尹氏が僅差で競り勝った李在明(イ・ジェミョン)共に民主党代表は「外交史上、最大の恥辱」などと批判している。

ただ、李代表をめぐっては、市長時代の都市開発事業について巨額の背任事件の検察捜査が進んでいて、刑事訴追は免れない状況だ。李代表の逮捕同意をめぐる国会での採決では、身内から大量の造反が出るなど求心力は低下。李代表らがいくら批判しても"どうせ自分の延命のため"ととらえられる雰囲気になりつつあり、「尹大統領が政治決断しやすい環境ができていた」(日韓関係筋)との見方もある。

③外的環境の変化(北朝鮮の核・ミサイルの脅威、中国への対抗)

そして、今、日米韓3か国で連携を深めていくべき外的な要因もあった。

首脳会談の当日朝、北朝鮮はICBM(大陸間弾道ミサイル)「火星17」を日本海に向けて発射し、緊張が走った。北朝鮮は去年1年間だけで、過去最多となる70発以上のミサイルを発射している。アメリカ本土を狙うICBMに、日本や韓国への脅威となる各種の短・中距離弾道ミサイルの技術は着実に向上。これに搭載する核弾頭の開発も進んでいるとみられ、脅威はこれまでにないレベルまで高まっている。

日米韓3か国は近く、北朝鮮のミサイル発射情報などを"即時に共有する仕組み"を作るため、具体的な協議に入る見通しだ。さらに、中国の台頭が著しい中で、半導体の安定供給確保などの経済安全保障や、台湾有事を見すえた軍事的な協力関係としても、3か国での連携が急務であることは言うまでもない。

■ようやく元に戻した日韓関係 “未来世代”は

厳しい見方をすれば、今回の尹大統領の訪日に伴う"新たな成果"は、実際にはそれほど多くない。言ってみれば、大きくマイナスだったこれまでの関係を、“ようやく修復して元に戻した”と見ることもできるだろう。ただ、それには膨大な労力が必要だったわけで、正常化の道筋をつけた双方の決断は評価されるべきものだ。

新しい成果の1つとして、両国の経済団体は"未来世代"の支援などを目的とした新しい基金を創設し、共同事業に取り組むことに合意した。今回の訪日の中で、"未来志向"、"未来世代"は、両国の首脳もたびたび使ったキーワードだった。

日本での最後の日程として、慶応大学で学生たちに向けて講演した尹大統領は、両国の未来を担う若者の交流がさらに進むことに期待感を示した。

「未来世代とは、まさに韓日両国の未来だという点を強調したいと思います」
「大韓民国の責任ある政治家として、韓日両国の青年世代の素敵な未来のために、勇気を持って最善を尽くします」

"未来世代"は、今後どのような"日韓の未来"を描いていくのだろうか。苦難の歴史を乗り越えて、日本と韓国は再び動き始めたばかりだ。