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「後継者」ではなく「代弁者」金与正氏とは

2020年6月17日 20:24
「後継者」ではなく「代弁者」金与正氏とは

金正恩委員長の妹・与正氏の存在感が急速に高まっています。 与正氏はどのような人物で、なぜ今、政治の前面に出てきているのでしょうか。南北共同連絡事務所が爆破された後の最新情報を整理します。

■南北事務所を爆破、文大統領を罵倒・・・
16日、北朝鮮は南北共同連絡事務所を爆破。その瞬間の映像を17日、北朝鮮メディアが公開しました。その映像を見ると、煙をあげながらビルが崩れ落ちていく様子がうかがえます。17日朝の新聞でも、北朝鮮は「これが最初の行動」だと強調しています。
 
この爆破を予告していたのが金委員長の妹・金与正氏です。対話による問題解決を訴えていた韓国の文在寅大統領に対して「言葉遊びで罪悪を隠し、目前の危機を逃れる実に浅はかな考えだ」と直接罵倒する談話も発表されています。しかし、2年前はこのような存在ではありませんでした。 
 
■2年前は「ほほえみ外交」の象徴
2018年2月に韓国で開かれた平昌オリンピックでは、与正氏は特使として韓国を訪問しています。金委員長の親族が韓国を公式訪問するのは史上初めてのことでした。
 
このときの貴重な肉声も残されています。 
文大統領「昨夜は寒かったですが大丈夫でしたか?」 
金与正氏「(文)大統領が気を遣って下ったので大丈夫でした」 
金与正氏「(ここには)初めて来た感じがしません。なじみのある感じがします」 
 
この時はとにかく笑顔でアピールをしていて、穏やかな表情が印象に残っています。 
平昌オリンピックに合わせるように急速に進んでいた、「ほほえみ外交」の象徴的存在が金与正氏でした。ところが、ここにきて与正氏の笑顔が完全に消えています。そのきっかけは何だったのでしょうか。
 
■「クズはゴミ箱へ」敵意むき出しの談話
 
5月31日に韓国の脱北者団体が北朝鮮の体制を批判するビラを風船につけて、北朝鮮側に飛ばしました。これに対し金与正氏は6月13日、敵意をむき出しに次のような談話を発表しました。 
 
「神聖なわが方の地域にごみを押し込んだクズ連中とそのような妄動を黙認した者ら」 
 
ごみとはビラのことだとすると、クズとは脱北者団体、妄動を黙認した者らとは文在寅大統領や韓国政府を指していると読めます。 
さらに 
「今や連続的な行動で報復しなければならない」 
「クズはゴミ箱に捨てなければならない」 
など、口汚い言葉で罵っています。 
 
■与正氏、金委員長と一緒にスイス留学
 
与正氏とはどのような人物なのでしょうか?与正氏は2011年に死亡した金正日総書記の末娘で、現在は30代前半とみられています。 
 
兄が3人いるのですが、2017年にマレーシアで殺害された長男・正男氏は母親が違います。 
与正氏の母は高英姫夫人で、実の兄は二男・金正哲氏と三男・金正恩委員長です。正哲氏は、今どこで何をしているかという情報すら伝えられていないのです。 
 
与正氏は金一族の直系に当たる女性となりますが、その与正氏が初めて国営テレビに登場したとされるのが、金正日総書記の葬儀が行われた2011年12月の映像です。与正氏は金委員長の背後にいて、人々が泣き崩れる中、ハンカチで涙をぬぐう金委員長のそばで泣いていました。その後は、後継者となった兄・金委員長と行動を共にする姿が度々、見られるようになりました。 
 
2018年の南北首脳会談では、金委員長の隣にたち、書類に手を添えサポートする姿も見られました。実は、金委員長と与正氏はかつて、一緒にスイスへ留学していました。金委員長からの信頼が厚く、時には異を唱えることもできる数少ない人物との見方もあります。
側近の中では別格というわけです。 
 
■与正氏は後継者ではなく代弁者 金委員長は「温存」

ではなぜ、「ほほえみ外交」の象徴的存在だった与正氏が急にあんなに怒っているのでしょうか?北朝鮮情勢に詳しい慶応義塾大学・礒崎敦仁准教授に聞きました。 
 
「今回は金正恩氏との役割分担。韓国に対して強硬姿勢をとるのが与正氏。正恩氏は自分を温存して、韓国やその背後にいるアメリカの反応を待っている」 
 
南北会談、米朝会談から2年たちますが、経済制裁は続き、北朝鮮は今、苦しい状態にあります。反応次第で対話の方向にいくか、もっと強硬にいくかを正恩氏が決めるというわけです。つまり、今は正恩氏が出て行く段階ではなく、今後もし局面を転換する場面がくるのであれば、トップである正恩氏しかできない、ということで温存しているわけです。 
 
「与正氏を後継者に」という見方も一部で出てきていますが、これについて礒崎准教授は「後継者含みというのは言い過ぎ。そもそも存命の間に後継者問題をいうのはタブー」と指摘します。
 
北朝鮮の「労働新聞」を見ると、金正恩氏の記事は6月8日「1面」です。名前を見ると「太字」で書かれています。一方、翌9日の与正氏の記事は「2面扱い」で、与正氏の名前は太字にはなっていません。つまり、個人崇拝の段階にはなっていないということです。 

ほほえみも、汚い言葉も、金委員長の後継者ではなく代弁者としての姿。正恩氏は与正氏という代弁者を使っている、ということでした。 
 
今回の爆破は、韓国のビラを実に南北関係の緊張を作り出すという北朝鮮の動きです。これは北朝鮮が過去にもやってきた常套手段とも言える手法の1つです。その先にあるトランプ氏との交渉に揺さぶりをかけているともとれます。しばらく与正氏の言動から目が離せない局面が続きそうです。 

(6月17日放送 news every.「ナゼナニっ?」より)