シリア難民兄弟選手 開会式“抱擁”の思い
中東・シリア代表としてトライアスロンに出場した、ムハンマド・マソ選手(28)。およそ10年にわたる内戦の影響で情勢が不安定なシリアからの難民は、1200万人以上にのぼっています。ムハンマド選手も、弟アラー選手(21)とともに2015年にシリアを離れ、ヨーロッパへと移りました。今回の東京オリンピックには、「兄がシリア代表」「弟が難民選手団(競泳)」として別々に出場しました。
兄ムハンマド選手に、現在の心境や伝えたい思いを聞きました。
――シリアを離れ、難民となった経緯は。
「(シリアは)紛争のため、食料や水、電気も手に入れるのも困難な生活でした。ヨーロッパへ渡った一番の理由は、生きるためです。戦争には行きたくありません。普通に生活したかったのです」
「難民ボートに乗った時、私たち兄弟は競泳選手なので、ライフジャケットは着ませんでした。子供がたくさん乗っていたので、子連れの家族には『もし何か起きたら私たちが助けるから』と伝えました」
――シリアにいた時、競技の練習に影響するようなことはありましたか。
「命の危険を感じるようなことも、よく起きました。プールの屋根に爆弾が落ちてきたこともあります。私が走って練習している時にも、爆弾が落ちてきました。運よく走っていた反対側でしたが、すごく怖かったです。全速力で走って逃げました」
――兄弟で違うチームの代表での出場となった経緯は。
「私はヨーロッパへ行く前から、シリア代表として競技に出場していました。東京大会でも、自分の国の代表として出場できてうれしかったです」
「ただ弟(アラー選手)の場合、紛争のためシリアの水泳連盟は選手のサポートが、あまりできませんでした。そこで『難民選手団として出る』というアイデアが浮かんだんです。どこの国、どこの国旗を背負っているかは関係ありません。弟はシリア代表でもあり、難民選手団代表でもあるのです」
――開会式で抱き合う、兄弟の写真が話題になりました。
「兄弟そろってのオリンピック出場が私たちの夢でしたから、素晴らしい瞬間でした!SNSに投稿すると、多くの人がシェアしてくれましたが、『私たちが長年、会えずにいた』と勘違いしてしまった方もいたようでした。実際は、2人ともドイツでトレーニングをしています」
――夢をかなえた今、伝えたい思いは。
「皆、紛争を経験して、家族を失い、友人や家を失いました。多くの人は落ち込んで行動することができません。私たち兄弟の目標は、シリアや難民の人々を勇気づけることです。前を向いて目標を決してあきらめずに、ただ前進あるのみと伝えたい。私たち2人を見て、彼らにも目標や夢をかなえるために前へ進んでいってほしいです」