中国で奪われた“自由” 故郷捨て外国に逃れる若者が増加 一方で残る決断も…「自由の代償は監獄行き」
習近平指導部の一強体制で、言論統制が強まる中国。当局からの脅しや拘束におびえ、故郷に見切りをつけて外国に移り住む若者が増加している。そのうちの1人は「自由が奪われた」と、その理由を語った。一方、北京の街で聞くと「自由をあきらめるのも大切」と、順応しようとする姿も…。
(NNN中国総局 森葉月)
■中国当局の封じ込めから1年 「白紙デモ」制圧訓練も?
2023年、中国のSNSなどにある動画が投稿された。1人の男性が“白い紙”を掲げている。すると複数の男性が「警察」と書いた青色の幕を広げ“白紙”を周囲から見えなくする。その後、白紙を持っていた男性は両手を縛られ、拘束される結末だ。
これは、いわゆる「白紙デモ」の制圧に特化した中国警察の訓練とみられる。「白紙デモ」とは、22年末に中国各地で起こった、厳しいゼロコロナ政策への不満を示す大規模デモのこと。中国には表現の自由がないことを、白い紙を使って訴えていた。
こうした一連の抗議活動に業を煮やした中国当局。“あの抗議活動を二度と起こさせまい”という強い意志がうかがえる。
当局はデモの直後から、ひそかに参加者をあぶり出して警告。さらに、主導したとみられる人物は、拘束して圧力をかけ、再発の芽を徹底的に摘む手法を取ってきた。中国では“異例”とも言える抗議活動から1年。私は当時、北京のデモに参加した女性に、彼女の安全を考慮した上で、話を聞くことができた。
■「無力感」友人拘束された女性 故郷捨てる決意
張さん(仮名)は、2023年10月に日本に来たばかりの20代女性。“自由”を求め、生まれ育った母国・中国を捨てることにした。
張さんは、まだ北京に住んでいた22年11月27日夜、SNSを見て目を疑った。中国政府が鉄壁の警備を敷くこの北京で…若者たちが声を上げていたのだ。
「この国で行動を起こすチャンスは今後、一生ない。誰も国民のために闘ってはくれない」
張さんはいても立ってもいられず、タクシーに飛び乗ってSNSで投稿されていた北京の川沿いに駆け付けた。現場に着くと、集まっていたのは、ごく普通の若者たち。
「当たり前の日常生活が欲しい!」
「自由にSNSを使いたい!」
ほかの国の若者たちなら当たり前に享受できる権利を望み、訴えていた。しかし、張さんが着いてから約1時間が経過すると、最初は遠巻きに取り囲んでいた警察が、続々と参加者を拘束し始めた。恐怖を覚え、張さんもその場を離れた。
デモから1週間後、張さんの自宅を警察が訪れた。なぜ自宅まで割り出されたのか…。携帯電話の位置情報で特定されたと思った。応対した張さんの父親に、警察はこう言い放った。
「あなたの娘の思想はおかしい。厳重な監視が必要だ」
さらに、デモに参加した張さんの友人が半年間にわたり拘束され、今もフラッシュバックで不眠の状態が続いているという。こうして張さんは、国を捨てる決意を固めた。
「この国では無力感しか感じない。私だけでは今の現状は何も変えられなかった。中国に“自由”という言葉は存在しない」
こう語った彼女の目には、警察の監視を逃れた安心感と同時に、自分だけが逃げてきたという自責の念も浮かんでいるように感じられた。
■国を捨てる若者続々 「自由は自分で勝ち取るもの」
中国の体制下で仕事に行き詰まりを感じ、国を離れた若者もいる。
23年春、日本に移り住むことを決めた30代の王さん(仮名)。中国で映像制作に携わってきた。王さんによると、6年くらい前までは、映像制作の分野は比較的自由で、社会問題をテーマにした作品なども制作し、海外のコンペに出品できていたという。
空気が一変したのは18年。映像作品への中国当局の検閲が、突然、強化されたという。この年は、2期目の習近平政権が正式発足した時期と重なる。国家主席の任期を撤廃するなど、習氏の一強支配が急速に確立した時期だ。
それ以降、映像業界に限らず、芸術、学術などあらゆる分野で制限が、ますます厳しくなっていくのを感じたという。
「年々、創作の自由は奪われていく。怒りはもう通り越した。この業界でやっていく以上、何かを失う覚悟はできている」
そして王さんも、張さんと同じ言葉を口にした。母国を離れる彼の背中を押したのも「無力感」だったという。
「表現の自由に関しては、無力感を感じる。でも、中国で失われていく発言の場の代わりに、自分の作品が生かせるのなら。自分が、記録という形で中国の将来に生かせるのなら…」
今回、私は中国から日本に移り住んだ何人もの若者と出会うことができたが、皆、日本に来た後も、中国当局の圧力をひしひしと感じていた。
ある女性の家族の元には「あなたの子供は最近、海外にいるのか」と当局から電話があったという。私が取材した時期と重なる。また別の男性は、SNS上で政権を批判した直後に、中国当局とみられる人物から電話がかかってきたと明らかにした。彼らは、自分たちの日本での行動も見張られているのではないかと、強く警戒する。
23年には、アメリカで中国の民主活動家を監視するため「秘密警察署」を運営した疑いで、アメリカの司法当局が中国系の男らを逮捕した。スペインの人権団体は、欧米や日本など50を超える国に、合計100か所以上の拠点があるとの調査結果を報告した。東京・秋葉原にも「秘密警察の拠点」と指摘される建物が存在するが、実態はよくわかっていない。
中国政府は、秘密警察の存在を否定している。
■自由の代償は「監獄行き」 若者が語れない本音
中国国内では、X(旧Twitter)やインスタグラムなどにアクセスする時に、VPN(仮想プライベートネットワーク)を利用している。中国のSNSでは、当局の意に沿わない意見を投稿するとすぐアカウントをブロックされるか当局にマークされるため、自由な考えを発信するには、こうした場を利用するしかない。
中国の若者たちは不自由を感じていないのか。「白紙デモ」の熱気は本当に消えてなくなったのか。本当のところはどう思っているのか。北京の若者に人気の散歩スポットで聞いてみた。
「日本や韓国は、バラエティー番組で首相のモノマネができたり、ニュース番組の街録で政府をやゆしたりできる。中国でそれをやれば監獄行きだ」
「政府に抗議すれば、鎮圧されないわけがない。私たちは洞窟の中で暮らしているようなもの。自分の本当の気持ちと周囲の環境、政治状況をゆっくり擦り合わせる。自由をあきらめることも重要なのだ」
自由をあきらめるのも大事…。自分の気持ちに踏ん切りをつけるかのような声が強く、印象に残った。一方で、母国を去るという選択肢に、懐疑的な声もあった。
「他の国に行っても、何もかも100%共感してもらえるわけじゃない。簡単に『自分の国が悪い、他国の方が良い』と判断するのは、おかしい。意見を持ったり意見を伝えたりすることは重要だが、自分の国を恨んではいけない。自分の人生を犠牲にする必要はないよ」
確かに、中国から日本など海外に移り住んだとしても、故郷を離れる覚悟とは比にならないほどの困難も、待ち受けるだろう。
今回出会えた、日本での生活を選択した若者たちに、こう尋ねた。中国に戻りたくないのか? それとも戻れないのか?
皆、一様に複雑な表情を見せた。大粒の涙を流しながら語ってくれた男性の言葉が忘れられない。
「あの国はおかしくなっている。でも悔しいことに、そんな国も“生まれ育った祖国・故郷”なんだ…」
2024年、この国を覆う閉塞感(へいそくかん)に変化の兆しはあるのだろうか。