【記者解説】ガザ侵攻はなぜ止まらない?~ネタニヤフ首相のジレンマ~
イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘休止と人質解放をめぐる交渉が、大詰めを迎えている。ネタニヤフ首相は軍事作戦を止められないジレンマに陥っていて、交渉の行方は予断を許さない。いまイスラエル国内で何が起きているのか、その実情に迫る。
(国際部 鈴木しおり)
ネタニヤフ首相は先月30日、避難民100万人以上が身を寄せる南部ラファへの侵攻を改めて宣言。交渉の行方は予断を許さない状況だ。
これまでに何度もアメリカと中東諸国を介した交渉が行われてきたが、いずれも合意には至らなかった。ネタニヤフ首相には国際社会からの強い圧力を受けても、戦闘休止に簡単には応じられない“事情”がある。ハマスへの対応が自らの政治生命に直結するからだ。
ネタニヤフ首相はここ数か月、ハマスを壊滅して人質を救出することもできず、ハマスとの交渉もうまくいかず、出口が見えないまま軍事作戦を続けているという状況だった。
なぜ軍事作戦を止められないのか。それは、イスラエル国内のハマスへの復讐を求める声や、とりわけ極右政党の主張に配慮せざるを得ないからだ。極右政党は「ハマスを壊滅してガザ地区をユダヤ人のものにすべき」と主張している。
ネタニヤフ首相は2022年の総選挙で極右政党などと手を組み、連立政権を樹立した。総選挙直後の議席数を見てみると、親ネタニヤフ勢力=連立与党は64議席。反ネタニヤフ勢力+アラブ系政党=野党は56議席。連立与党と野党の差はわずか8議席にすぎない。
この勢力図では、極右政党が離脱すれば連立政権は崩壊し、ネタニヤフ首相は失脚してしまう。そのため、極右政党に配慮する必要があるのだ。また、連立政権を組んでいる顔ぶれには、ユダヤ教の戒律を重んじる「ユダヤ教超正統派」の政党もあり、ネタニヤフ首相はこちらへの対応にも苦慮している。
現在は戦時中として組織された臨時内閣に野党の一部が参加しているが、ネタニヤフ政権の土台が不安定であることには変わりない。
実際にネタニヤフ内閣では、極右政党の党首が重要なポジションについている。ベングビール国家治安相とスモトリッチ財務相だ。
2人はネタニヤフ首相に「ハマスと交渉するのではなく壊滅せよ」とプレッシャーをかけ続け、連立政権からの離脱もほのめかしてきた。交渉が大詰めを迎えている戦闘休止案にも強く反対し、ラファ侵攻に踏み切るよう迫っている。
極右政党の主張する「ハマスを壊滅してガザ地区をユダヤ人のものにする」という考え方は、一体どういうことなのだろうか。
イスラエルの極右と呼ばれる人々は、パレスチナ自治区のヨルダン川西岸で「入植活動」を行っている。彼らはヨルダン川西岸を含む一帯を「神がユダヤ人に与えた土地」だと考えていて、パレスチナ人を一方的に追い出して占領している。国連安保理はこの「入植活動」を国際法違反として、即時停止を求める決議を採択した。
実はかつてはガザ地区にも「入植地」が存在し、2005年に撤退したという経緯がある。極右勢力のなかでは、ハマスとの戦闘が長引くにつれ、「ハマスを壊滅した後、ガザ地区に再入植すべきだ」という強硬論が勢いを増している。
今回、入植者団体「ヒルトップ・グループ」のシュモリック・ファインさん(30歳)にオンラインでインタビューした。
このグループには10代から50代まで数千人が所属し、ヨルダン川西岸で入植活動を行っている。4月にはEU=ヨーロッパ連合から「パレスチナ人に対する深刻な人権侵害を行っている」として制裁が発表された。
シュモリックさんにガザ地区への再入植について問うと、「神様がユダヤ人にこの地を約束してくれた。パレスチナ人でもアラブ人でもなかった」「イスラエルは世界へ向けて、ガザ地区がユダヤ人の町であったことを説明する必要がある」と語った。
シュモリックさんは、極右政党党首のベングビール国家治安相を支持している。現在行われている交渉についても、「交渉に応じるのではなくまずはハマスを壊滅すべきだ」という考えだ。その理由として、「拘束されているパレスチナ人が人質と交換で釈放されれば、彼らは必ずイスラエルでテロを起こすだろう」と主張した。
■大衆に広がる焦りと怒り…軍事作戦を支持する声
では、一般的な大衆はどのように考えているのだろうか。イスラエルでは各地で抗議デモが続いていて、実際にネタニヤフ政権の支持率も低迷している。人々のあいだには、ハマスの襲撃から半年以上が経っても人質が救出されない状況への焦り、いっこうに事態を打開できないネタニヤフ政権への怒りが広がっている。
一方で、軍事作戦の続行を支持する声も根強い。「人質を救出し事態を打開するためには、ハマスとの交渉ではなく戦闘しかない」と考える人も多くいる。
こうしたイスラエル社会のなかでも、「ガザ侵攻を止めるべきだ」と反戦活動を行う人たちがいる。2年前に兵役拒否して収監されたネーブ・シャブタイ・レビンさん(20歳)にオンラインでインタビューした。
イスラエルでは男女ともに18歳で徴兵される。ネーブさんはかつてヨルダン川西岸のパレスチナ人と交流を持ったことから、イスラエルによる占領に疑問を持ち、兵役拒否を決心。懲役刑を受け、130日間収監された。
ネーブさんは、イスラエル人とパレスチナ人には政治によって大きな分断が作り出されていると話す。両者が直接会って話す機会はほとんどないという。「もし占領の実態を目の当たりにすれば、誰もが疑問を持つだろう」。
ネーブさんは「イスラエル軍はガザ地区に破壊と混乱をもたらしている」として、交渉の即時合意と恒久的な停戦を訴えた。「軍隊は暴力を継続させるだけで、政治的解決にはつながらない。私は平和のために闘いたい」。
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ネタニヤフ首相は戦闘休止の交渉に臨みつつ、強硬姿勢も見せ続けざるを得ないという、身動きのとれないジレンマに陥っている。
ネタニヤフ政権が国内の事情を優先させ、ラファへの侵攻に踏み切れば、市民にすさまじい犠牲が出ることは避けられない。国際社会が一丸となって自制を呼びかける必要がある。