【反撃能力】「手の内を明かせない」岸田首相 それでも国会で何を語り、何を語らなかったのか
「反撃能力」の保有が決定され、大きく転換した日本の安全保障政策。岸田首相は国会が始まる前に“丁寧な説明”をすると話したが、今国会で総理はどのような説明をしたのか。今国会で行われている議論を、政治部・呉本謙勝記者が解説する。
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日本はこれまで弾道ミサイルを撃ち込まれた場合、それを撃ち落とす「迎撃」しかできなかった。
しかし、今後は攻撃を防ぐのに他の手段がなく、やむを得ない場合には、必要最小限度の自衛の措置として、ミサイルの発射拠点などを攻撃することが可能になる。
この「反撃能力の保有」は岸田首相自身が「日本の安全保障戦略の転換点」と表現しており、今国会が始まる前には会見で首相は「国民の皆様に、今回の措置の目的、内容を丁寧にご説明するように努めてまいります」と述べていた。
国会での議論の中で、新たに明らかになった点と、明らかにならなかった点をまとめると以下のようになる。
【明らかになった点】
・トマホークミサイルを400発購入
・ミサイルの発射拠点以外も反撃能力の対象になる可能性を否定せず
【明らかにならなかった点】
・反撃能力を行使する基準
・本当に「抑止力」になり得るか
■明らかになった点1:トマホークミサイルの弾数「400発」
岸田首相は、反撃能力の一端を担う巡航ミサイル「トマホーク」について、「400発」取得する予定だと初めて「その数」を明らかにした。2月27日の衆議院予算委員会で、岸田首相はこう述べている。
「トマホークについては大変関心が高いということ、アメリカ議会で最大取得数量について、報告が行われる等の事情もあることから、400発の取得を目指す」
衆議院予算委員会での1か月ほどの論戦の中で、岸田首相は安全保障上「手の内を明かせない」として、この「弾数」の回答を控えていたが、論戦の最終盤になって公表に踏み切った。
その理由について総理周辺は、「世間の関心に応えた形だ。防衛大臣がアメリカ側と調整して、総理が明らかにすることを決めた」と語る。
■明らかになった点2:ミサイルの発射拠点以外も反撃能力の対象になる可能性を否定せず
反撃能力の対象としては、これまではミサイルの発射拠点が想定されていたが、岸田総理は1月31日の衆議院予算委員会で、戦闘機が侵攻してきた場合その発進基地や港といった拠点を攻撃する可能性を排除しなかった。
以下が、その際のやり取りである。
立憲民主党・玄葉元外相
「例えば爆撃機とか、無人機とか、そういったことに対しても、この反撃能力は当然行使しうると」
岸田首相
「ミサイル攻撃以外のケース、爆撃機等のケースについても、対応を考えていく」
立憲民主党・玄葉元外相
「他国から戦闘機が来たり艦船が来たりしていて、それに対して、その他国の母港に対して反撃能力を行使すると。こういうことっていうのはあるわけですよね」
岸田首相
「戦闘機の飛来に対して、本当にこの反撃能力、これしか手段がないのかどうか。これを厳密に考えた上で、現実に対応しなければならない」
ただ、これら以外の質問に対しては、安全保障上「手の内を明かせない」として答弁を差し控える場面が目立った。
では、国会での議論で何が明らかにされなかったのだろうか。
ひとつは、反撃能力を行使する基準、つまり、反撃能力をどのような場合で行使するか、という点だ。政府は反撃する条件として「相手が武力攻撃に着手した時点」としているが、何をもって「着手」とするのか、衆議院での議論では、具体的なことは明らかにならなかった。
こちらは、「着手の基準」についての、衆議院予算委員会でのやりとりである。
立憲民主党・枝野前代表
「(飛んできたミサイルが)本当に日本を狙ってるのか、日本の近海に対して威嚇をしてるのかわかんないわけです。間違いを起こしたら大変なことになる。プロパガンダ合戦になりますよね。着手の時期によってはものすごくリスクが高い」
岸田首相
「先制攻撃とか着手の時は、国際法の議論の中でも学説がいくつかにわかれてます。どういった場合にどう対応するか。この手のうちを事前に明らかにしておくということについては、これは安全保障の観点からこれは控えるべきものではないかと考えます」
国際的にも理解が得られるレベルの「反撃の基準」がなければ、反撃能力を行使したとしても、国際法に違反する「先制攻撃」とみなされて、日本が国際世論で不利になってしまうのではないかという懸念を野党側は示している。
この「反撃の基準」、言い換えると着手の基準でもあるわけだが、明確にすると抑止効果がなくなるとの指摘もある。
しかし、これまで安全保障上答えられないとして、踏み込んだ答弁を避けている岸田首相だが、3月1日に始まった参議院の予算委員会では、「第一撃を事前に察知し攻撃を阻止することは難しくなってきている」とも述べて、事実上「反撃するのは2発目以降」という考えを示唆した。
■答えにくい安全保障の話、しかし…
安全保障に関する内容は、その性格上、言えない部分も多くあると思います。
総理周辺は、「安全保障の話はどうしても答えられないことはある。だが、答えられるものはできる限り答えたつもりだ」と、衆議院の予算委員会での議論を振り返る。
一方で、防衛庁出身で官房副長官補を務めた柳沢協二氏は、「晒してはいけない手の内もある」としつつも、着手の基準や具体例に関する国会での政府の説明は十分でなかったとみている。
元官房副長官補・柳沢協二氏
「情勢が緊迫してるから、これ(ミサイル)が日本に飛んでくるに違いないと思って先にこちらが攻撃してしまうと、実はそれは日本が戦争の火ぶたを切ることになる。そうなった場合、その後の日本の国際的な立場っていうのは非常に悪くなる。(着手の基準は)それに関わってくる非常に重大な問題。だから、具体的な手段を明かさなくても、何とか工夫して、その議論をきちんとやっていただく必要がある」
■明らかにならなかった点2:反撃能力は本当に「抑止力」になり得るか
反撃能力について岸田総理は、「相手に攻撃を思いとどまらせる 抑止力」だと説明しているが、本当に相手による攻撃を抑止できるのか専門家の間でも意見が分かれている。
自衛隊の前統合幕僚長の河野克俊氏は、反撃能力によって、「抑止力」が強まると話す。
前統合幕僚長・河野克俊氏
「日本も反撃をしますよということになれば、やはり相手方はそれで(攻撃の)計算が複雑化するわけですよ。やっぱり躊躇することにもなるわけですよね。これはもう常識的にも当然、抑止力はあがる」
しかし、相手に攻撃を思いとどまらせることができなかったら状況が泥沼化してしまう可能性もある。
柳沢氏は、「反撃能力を持てばその分だけ抑止力が上がるという認識は全く間違い」だと指摘し、政治の責任で「最大限の外交努力をするべきだ」と話す。
元官房副長官補・柳沢協二氏
「やはり相当な被害・犠牲を覚悟しなければいけないわけですね。そういうものにどうやって政治が耐えていって、できるだけ被害が少ない段階での終結を考えていくのかというのが、もう政治の役割であり、それは政治にしかできないことなんですね。軍隊が途中で戦争をやめるというわけにいかないのでね」
「このような議論が行われるのは日本の政治の中で初めて。だからこそ、納得いくまで議論をするのが、国民から選ばれた政治家の義務ではないか」と話していました。
3月1日から参議院の予算委員会が始まった。国会での議論はまだまだ続く。参議院での議論では、より丁寧な議論が展開されるのだろうか。