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岸田政権1年“新時代リアリズム外交”の行方

2022年10月8日 20:33
岸田政権1年“新時代リアリズム外交”の行方

10月3日、臨時国会の所信表明演説で岸田首相は「新時代リアリズム外交」という言葉を使い、“現実的な外交政策”を推し進める考えを強調した。首相がこだわる“新時代リアリズム外交”とは一体何なのか。この1年の成果と課題とともに、分析する。

●“新時代リアリズム外交”とは…「岸田首相はリアリスト」

岸田首相が“新時代リアリズム外交”という言葉を初めて使ったのは、去年12月のことだ。

「複雑化する21世紀の国際情勢に対して、未来への理想の旗をしっかり掲げて、主体的な外交をしっかり進めていきたい。一言で言うならば、“新時代リアリズム外交”を進めていきたい」

自身が会長を務める派閥、宏池会が掲げてきた“リアリズム外交”を受け継ぎ、徹底した現実主義のもとで、外交政策を推し進める方針だという。

政府関係者は「岸田首相は“リアリスト”だ。理想を掲げながらも、現実的な道を進めていく。宏池会らしい現実主義の外交だ」と語る。

そして岸田首相は今年6月、“平和のための岸田ビジョン”として5つの柱を発表。

(1)“自由で開かれたインド太平洋”などルールに基づく国際秩序の維持・強化
(2)防衛力の抜本的強化と日米同盟・有志国との安全保障協力の強化
(3)「核兵器のない世界」に向けた現実的な取り組みの推進
(4)国連安保理改革をはじめとした国連の機能強化
(5)経済安全保障など新しい分野での国際的な連携強化

“新時代リアリズム外交”の具体像を表明し、“核兵器のない世界”を理想に掲げながら、現実的な安全保障の枠組みを強化する考えを示した。

●岸田首相が決断…“プーチンへの制裁”

岸田政権に最初に訪れた試練が、ロシアによるウクライナ侵略への対応だ。2月24日、ロシアがウクライナの首都・キーウを攻撃し、侵攻を開始する。

「暴挙には高い代償を伴うことを示していく」

岸田首相はG7と足並みを揃え、経済制裁を強化する考えを表明。プーチン大統領の資産凍結にも踏み切った。

この対応について首相周辺は「プーチン大統領と距離の近かった安倍元首相にはできなかった可能性もある」と振り返る。

また、別の政府関係者は「プーチン大統領を名指しで制裁措置をしたのは、日本では岸田首相が初めてだ。難しい決断だったと思うが、首相が政治決断をした」と対応を評価した。

一方、日本が制裁を強化すれば、ロシアも報復措置をとる。日本経済はダメージを受け、国民生活にも影響が出ることは避けられなかった。それでも、岸田首相がロシアに対して、強い対応をとったのは、ウクライナ侵略が“遠くの国の出来事ではない”という強い危機感が根底にある。その理由を首相は繰り返し口にし、国民に理解を求めた。

「ウクライナ侵略のような力による現状変更はインド太平洋、とりわけアジア、東アジアにおいて許してはならない」

ロシアに毅然とした対応をとらなければ、台湾への軍事的な圧力を強める中国に対して、誤ったメッセージを送ることになると考え、インドやASEANへの外交を積極的に展開し、中国をけん制した。

「ウクライナで起きたことが、アジアで起きないようにするための連携を確認できた」

政府関係者が、こう成果を強調したのが、5月に日本で開催した、日米豪印4か国の首脳会合「クアッド」だ。ロシアとの関係が友好的なインドともうまく調整することで共同声明を発出。岸田首相は、議長国としての会見で、中国を念頭に力による一方的な現状変更を許してはならない、というメッセージを、4か国の首脳が一致して世界に発信できたとアピールした。

そして、ロシアのウクライナ侵略により浮き彫りとなったのが国連の機能不全だ。岸田首相は9月の国連総会で「文言ベースの交渉を開始する時期だ」と述べ、国連改革の交渉開始の必要性を訴えた。その狙いについて、政府関係者は「総会でお互い演説ばかりやっていても前に進まない。文書のレベルに落とし込んで総会でルールを作りましょうということ」と説明する。

今回の国連総会では、アメリカのバイデン大統領も「国連改革」について言及。来年には国連安保理で非常任理事国を務める日本だが、ウクライナ侵攻で機運が高まる中、リーダーシップを発揮できるのか焦点だ。

●ライフワークの“核なき世界”…展望示せず

“核なき世界”という理想を掲げながらも、現実的な歩みを進める岸田首相が"新時代リアリズム外交"の中でも最も力を入れるのが、“核兵器のない世界”に向けた取り組みだ。

岸田首相の周辺は「核問題は岸田首相のライフワーク。全ての政策の中で最もこだわりを持つ分野だ。外務大臣を4年8か月やったので、政権内で自分が一番詳しいという自負がある」と解説する。

しかし核政策をめぐっては、日本は難しい立場にいる。5月に開催された、日米首脳会談で、アメリカのバイデン大統領は、核兵器を含む、拡大抑止の強化を約束。岸田首相は“核なき世界”を訴える一方で、アメリカの“核の傘”に頼らざるを得ないというジレンマを抱える。

2021年に発効した“核兵器禁止条約”をめぐっても、岸田首相はアメリカへの配慮を滲ませた。今年6月に開かれた第1回締約国会議のオブザーバー参加を見送った理由について岸田首相は、「核保有国が1国も参加していない。唯一の同盟国であるアメリカとの信頼関係のもとに、現実的な、核軍縮不拡散の取り組みを進めるところから始めるべきだ」と述べた。

岸田首相が“現実的な取り組み”としてこだわったのが、核保有国が参加する核軍縮の枠組み、NPT(=核拡散防止条約)だ。政府関係者によると、今年8月に開かれた会議について、「会議は外相が出るのが通例」という慎重な意見がある中、岸田首相は「NPTには俺が出るんだ」と周辺に語り、出席へ強い意欲を見せたという。演説原稿は、首相自身が全編にわたって何度も推敲を重ね、会議の直前までペンを入れた。演説で岸田首相は英語で“核なき世界”を呼びかけ、核兵器不使用の継続や、透明性の向上を訴えた。

しかし、ここでもロシアのウクライナ侵略が影を落とす。

会議は約1か月間にも及ぶ交渉の末、最終文書案にロシア1国だけが反対したことで、交渉は決裂した。岸田首相は「最終文書案への反対はロシアだけだった。NPTの維持・強化が国際社会全体の利益との認識を多くの国が共有している」と強調。政府関係者は、ロシアが反対したのは「NPTとは関係のない、ウクライナの関連の部分」だと指摘し、核軍縮の議論は前進しているとの認識を示した。しかし、交渉の決裂はNPT体制の意義を低下させたと言わざるを得ない。

さらに、各国の政治指導者を被爆地・広島に招き、「核兵器のない世界」に向けた話し合いをする「国際賢人会議」について、林外相は会見で、当初の予定を延期し「12月に開催する方向で調整している」と明らかにした。政府は当初、11月23日に開催する予定で、岸田首相がNPT再検討会議の演説で発表していた。延期の理由について、林外相は、「より多くの人に出席してもらい意義のある会合とするため」と説明したが、外務省関係者は「元々日程は11~12月で調整していたところ、岸田首相が11月23日と発表してしまい、不安視する声があった」と解説する。

日本が唯一の戦争被爆国として核保有国と非保有国の“橋渡し役”が期待される中、岸田首相は目指す“核なき世界"の展望を示すことはできていない。

●G7広島サミット、北ミサイル…山積する課題に首相は

「唯一の戦争被爆国である日本の総理大臣として、私は広島ほど平和へのコミットメントを示すのにふさわしい場所はないと考えている」

今年5月、岸田首相は、来年のG7サミットを広島で開催することを明らかにした。首脳の被爆地訪問にハードルのあるイギリス、フランスといった核保有国に対し、水面下で調整を進め、被爆地・広島での開催についての了承を取り付けた。岸田首相周辺は「首相の性格を知っている人ならわかる。国内外にどんな事情があったとしても自分が実現すると決めたことは曲げない。とにかく頑固なんだ」と振り返る。

岸田首相は「広島で開催するG7サミット等の機会を活用し、国際社会の諸課題について、引き続き、私自身が先頭に立って議論を主導していきたい」と話し、リーダーシップを発揮することに意欲を見せるが、国際情勢は依然として、緊迫した状態が続いている。

プーチン大統領は「利用可能ならあらゆる武器を使う。これは決して口だけの脅しではない」と核の威嚇を繰り返している。アジアにおいては緊迫化する台湾情勢について中国とどう向き合うのか。さらに、弾道ミサイル発射を繰り返す北朝鮮にどう対応するか。課題は山積している。

岸田首相が掲げる“新時代リアリズム外交”が、いかに現実的な取り組みを進め、難局を乗り越えることができるのか。首相の外交2年目は始まったばかりだ。