岸田首相の外遊成果は 8日間の東南アジア訪問で見えた印象的な7つのシーンを解説
12日から19日まで、8日間の日程でカンボジア、インドネシア、タイを訪問した岸田首相。得意とされる外交でどのような成果があったのか。同行記者が見た印象的な7つのシーンについて解説する。
■シーン1「波乱の幕開け」
岸田首相の外国訪問は、出鼻をくじかれる形となった。出発当日に、葉梨法務大臣の辞任によって、出発時間が約10時間も遅れたのだ。
羽田空港で出発を待っていた記者達は、外務省職員から「一度、記者団を解散する」と告げられ、深夜に再集合がかかった。このような形で首相の出発が遅れるのは、前代未聞のことだった。
岸田首相自身も、元々はカンボジアで1泊し、翌日からASEAN首脳らとの会議に臨む予定だったが、出発の遅れにより、政府専用機で機内泊となってしまった。また、予定していたラオス、ベトナム、ブルネイとの首脳会談も一時取りやめとなった。
その後、この3か国とは正式な会談ではなく「立ち話」などを行い、なんとか体裁を保ったが、岸田首相は得意とされる外交でスタートからつまずく形となった。
■シーン2「3年ぶり”日韓首脳会談”」
最初の訪問地カンボジアでの最大の注目は、韓国の尹錫悦大統領との日韓首脳会談だった。日韓の首脳が対面で正式な会談を行うのは、3年ぶりである。
この間、韓国では保守系の尹錫悦政権が誕生し、両国の関係悪化の最大の原因とも言える、いわゆる元徴用工問題の解決に乗り出した。さらに、北朝鮮がミサイル発射を繰り返すなど、日本周辺の緊張が高まったことで、日本としても関係を悪化したままにはできなくなったのだ。
会談では、いわゆる元徴用工問題で韓国側がどのような提案をし、関係改善が進むのかに注目が集まった。しかし、岸田首相は会談後、両首脳で問題の早期解決を目指すことで一致したと強調したが、韓国側から提案があったかなど、具体的な内容は明らかにしなかった。
首相周辺も、韓国側から提案があったかは明らかにせず「正式に会ったことは大きな前進だ」と述べるにとどまった。
■シーン3「『日本の主権を侵害』中国を猛批判」
カンボジアでは、日中関係にも動きがあった。岸田首相は、到着初日、中国の李克強首相と立ち話を行ったのだ。
外務省によれば、岸田首相は李首相に「建設的かつ安定的な日中関係の構築に向け共に努力していきたい」との考えを伝え、李首相も「日中関係は重要だ」と応じて岸田首相に同意したという。
立ち話は通訳を挟んで10分たらずで終わったが、隣国同士の安定的な関係が重要であるという認識を共有した形となった。
しかしその翌日、岸田首相は、李克強首相も出席した東アジアサミットの会議で、沖縄県の尖閣諸島を念頭に「東シナ海では中国による日本の主権を侵害する活動が継続・強化されている」などと中国を名指しで批判した。また「台湾海峡の平和と安定も、地域の重要な問題である」と述べて、台湾統一を目指す中国をけん制。
さらに、香港と新疆ウイグル自治区の人権状況に深刻な懸念を示し、中国が行っている経済的な威圧に対しても、強い反対を改めて表明した。立ち話の時とは打って変わり、各国が見守る中で李首相に強烈な批判を浴びせたのだ。
岸田首相は「主張すべきことは主張する」と述べ、「こうした率直な発信が、今後日中関係を安定させていくためにも重要だ」と説明した。
■シーン4「岸田文雄が力強く言った」英首相が異例の言及
15日。インドネシアで、G20(=主要20か国・地域)の首脳会議に参加した岸田首相。初日の全体会合ではロシアのラブロフ外相を前に、ウクライナ侵略について強く非難した。
会議にはウクライナのゼレンスキー大統領もオンラインで参加。岸田首相は、ゼレンスキー大統領の演説を受け「侵略に全力で立ち向かうウクライナとの連帯を改めて表明する」と述べ、「ロシアによる侵略は法の支配に基づく国際秩序に対する挑戦だ」、「最も強い言葉で非難する」と強調した。
また「ロシアによる核の脅しは断じて受け入れられず、ましてその使用はあってはならない」と訴えた。
首相周辺によれば、この岸田首相の演説を聞き、イギリスのスナク首相が「岸田文雄が力強く言ったように」と述べ、同じく核の威嚇や使用を許さないと表明したという。日本政府関係者は「G20などの国際会議では、首脳が発言する際に他国の首脳の発言に言及することは極めて珍しい」と話す。
周辺は「核の問題は日本が先頭にたってやれるテーマ」「来年のG7広島サミットに向け、大きな1歩になった」と自信をのぞかせた。
■シーン5「ロシア巡り『非難』と『異論』両論併記の首脳宣言が採択」
G20(=主要20か国・地域)の首脳会議は、ロシアのウクライナ侵攻について「非難」と「異論」の両論を併記した首脳宣言をとりまとめ閉幕した。
当初、ロシアのウクライナ侵攻をめぐって、ロシア側の激しい反発が予想されたため、採択が危ぶまれたが、結局「ロシアのウクライナ侵攻を最も強い言葉で遺憾に思う」「ほとんどの参加国がウクライナでの戦争を強く非難した」とする一方、「状況や制裁について、他の意見や異なる評価もあった」などと、ロシアに一定の配慮を示すことで、首脳宣言の採択にこぎ着けた。
宣言には日本の強い働きかけもあり「核兵器の使用または威嚇は許されない」とも明記された。首相周辺によると、この核兵器を巡る文言について、ドイツのショルツ首相が、岸田首相と会談した際に「ここまで明記されるとは思わなかった」と伝え、岸田首相も満足げだったという。
岸田首相は「この表現が盛り込まれたことは来年のG7広島サミットへもつながる大きな1歩であった」と述べた。
■シーン6「3年ぶり日中首脳会談で”深刻な懸念”表明」
17日。タイで、対面では約3年ぶりとなる日中首脳会談が行われた。習近平国家主席との会談は約45分間だった。
冒頭、笑顔を見せ、握手をした岸田首相。その後の会談で、両首脳は「建設的かつ安定的な日中関係の構築」に向け、首脳レベルを含め、緊密に意思疎通を行っていくことで一致した。
その一方、岸田首相は沖縄県の尖閣諸島をめぐる問題など、中国による軍事的活動について深刻な懸念を表明。台湾海峡の平和と安定の重要性を改めて強調した。
また、両首脳はロシアがウクライナで核兵器の使用を示唆していることを憂慮し、「核兵器を使用してはならず、核戦争を行ってはならない」との見解で一致した。
首相周辺は「会談の手応えは上々だ」「今後は相互訪問も見据えて対話を継続していく」などと、協議の継続に意欲を見せた。
■シーン7「外国訪問中も安全保障めぐる緊急対応」
外国訪問中も、岸田首相は安全保障をめぐる緊急対応に追われた。
15日にはウクライナとの国境に近いポーランド東部にミサイルが着弾した。この事態を受け、インドネシアではG7とNATO(=北大西洋条約機構)の首脳らによる緊急会合が行われ、岸田首相も出席。「ポーランド側の調査への全面的な支持」を表明した。
一方、北朝鮮は今週2度にわたり、弾道ミサイルを発射した。17日の発射の際は、首相はタイに向かう機内におり、発射の情報を受け、機内から日本に指示を出した。
翌18日は、APEC=アジア太平洋経済協力会議に参加するため、ホテルを出発する直前にミサイル発射の情報がもたらされた。この日のミサイルは、北海道の西側の日本のEEZ=排他的経済水域の内側に着弾したとみられ、首相は出発を遅らせて官房長官らに指示を出し、記者団の取材に応じた。
首相は「北朝鮮はこれまでにない頻度で挑発行動を繰り返している。断じて容認することができない」と述べ、ミサイル発射に遺憾の意を示し、抗議したことを明らかにしてから、APECの会場に向かった。
その後、会場で、日本、アメリカ、韓国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの6か国首脳らが緊急会合を開催。岸田首相は「北朝鮮の完全な非核化に向け国際社会が一致して対応していきたい」と呼びかけた。
首相周辺は、今回の訪問で「しっかり成果を出せた」と胸を張るが安全保障をはじめ、外交での課題は山積している。さらに、相次ぐ閣僚の辞任など、内政でも厳しい状況が続く中、岸田政権は正念場を迎えている。