東京圏の介護危機と高齢者移住
注目ニュースや話題を「読売新聞」の専門記者が解説する『デイリープラネット』「プラネット Times」。19日は「東京圏の介護危機と高齢者移住」をテーマに、阿部文彦編集委員が解説する。
民間の研究機関「日本創成会議」は6月4日、東京など1都3県の介護への需要が今後10年で45%増え、施設や介護士などの不足が深刻になるとの試算を発表した。一方、すでに高齢化が進んでいる地方は介護需要の伸びが相対的に低く、介護の余力がある地域もあることから「東京圏の高齢者の移住」を対策の柱として提言した。
日本では第2次世界大戦後にベビーラッシュが起こり、1947年から49年までに最高で年間269万人の子どもが生まれた。これが、いわゆる「団塊の世代」となるが、2025年には全員が75歳を超える。75歳を超えると病弱になりやすくなるため、入院をしたり、介護が必要になったりする割合が増える。もちろん、75歳以上の人は全国で増えていくが、1都3県は現在の397万人から2025年には572万人と大幅に増えるため、介護施設の不足がとりわけ深刻化する。
創成会議では「東京圏では10年後には入院患者が20%増え、介護施設の入所者も45%増加する」と見込んでいる。東京圏は特別養護老人ホームの待機者が多く、2014年の調査によると、東京都では4万3000人、神奈川県では2万9000人だが、これがさらに増えると言うことになる。また、病院のベッドに入る高齢者も増えるため、病院の入院機能がマヒし、救急車が患者をどこにも運べないという事態も起きかねない。創成会議では、ロボットの活用などで介護人材への依存度を下げたり、効率的に医療介護サービスを受けられるような体制を作ったりといった提案をしているが、最も強調しているのが東京圏の高齢者が地方に移住するための環境整備だ。
病弱になった人がそのまま、遠く離れた市町村の介護施設に入るというケースも想定されるが、今回の提言が地方移住の受け皿として想定しているのが「日本版CCRC」だ。「CCRC」とは「Continuing Care Retirement Community」の略で、継続してケアを受けることができる退職者のコミュニティーの事だ。アメリカでは、高齢者が健康な段階から介護・医療が必要となる時期までも過ごす共同体があり、これを「CCRC」と呼ぶ。
政府は人口減対策として、大都市圏からの移住の促進を掲げているが、この中に高齢者を対象にした「日本版CCRC構想」がある。高齢者向け住宅に住むことを有力な選択肢としていて、高齢者向け住宅に住むことを有力な選択肢としている。具体的には、元気なうちから高齢者向け住宅に住み、地域の社会活動にも参加するというようなイメージで、介護が必要になったら訪問介護や往診などを受けたり、施設に入ったりする。
日本創成会議は今回、41地域を介護が必要な高齢者を受け入れる「余力のある地域」として公表したが、まだピンと来ていないという自治体がほとんどではないだろうか。「余力がある」と言われても、施設に入所待ちの高齢者を抱えている自治体も多く、介護人材が不足している状況は東京圏とさほど変わらない。おすすめ地域とされた秋田市は、特別養護老人ホームの待機者が1135人に上る上、介護人材も不足している。今後10年で75歳以上の人口も増えるので、市の担当者も困惑している。
介護が必要な高齢者が大勢移住した場合、自治体にとって問題になるのが介護や医療の費用だ。実は病院や介護施設、ある種の高齢者向け住宅に入った場合、移住前の自治体が介護や医療の費用を賄うという制度がある。しかし、移住者の全てをカバーできるわけではないので、高齢者を多く引き受けた自治体は、将来、医療や介護の費用が膨らみ、保険料が上がったり、財政負担が増えたりする可能性もある。
もちろん、「消費税の地方分が増える」「将来、地域で高齢者が減った場合でも介護などの雇用が維持される」と言ったメリットもある。内閣府によると、日本版CCRC構想には、全国の自治体の1割にあたる約200の市町村が推進の意向を示している。ただ、「東京圏は将来、介護が大変だから地方に行って」という言い方になると、順番が逆なような気がする。「介護が大変だから将来、介護の心配を感じる人は地方に移住できるように選択肢を用意しますよ」というのが正しい筋道だろう。
ただし、高齢者の移住には人口減を防ぐという意味もある。将来、高齢者が東京圏にとどまれば、介護施設をある程度増やさざるを得ない。介護の人材が不足するので、地方から若い世代を引っ張ってくる施設が増える。そうなると、東京圏への若者の流出に拍車がかかり、地方の人口減も進んでしまう。
もちろん、在宅介護や在宅医療を充実させて、施設に入らないで最後まで暮らせる体制を充実させることも重要だが、東京圏の高齢者の増加の割合を見ると、劇的な変化がない限り、介護人材として地方から若者が流入するという事態を防ぐのは難しいような気がする。介護の問題も深刻だが、高齢者の移住がどのように進むのかも見守っていかなければならない。
「人口減対策は総力戦!」-国を挙げての地方創生も、今回の創成会議の提言も、根底には人口減、少子化問題がある。もちろん、住む場所を個人に強制することはできないが、自己防衛のためにも「移住」というライフスタイルを気軽に不安なしに選べるのは好ましいことではないか。限りある病院や介護施設を効率的に活用することも必要で、個人の意思や自由を尊重しながら、政府、地方行政、企業、個人個人が総力戦で人口減対策を進め、少しでも明るい未来につなげられればと思う。