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ミャンマークーデターから1年 根本敬教授に聞く(前編)

2022年2月1日 23:38
ミャンマークーデターから1年 根本敬教授に聞く(前編)

去年2月1日の軍事クーデターから1年、上智大学の根本敬教授(ミャンマー近現代史)に、今後の見通し、軍の思惑などについて聞いた。

■軍は深刻な状況を理解していない

──好転の兆しがないが、見通しは?

事態は悪化の一途をたどっている。

国を実効支配している軍と、人々の支持を得ているオンライン政権としての国民統一政府のぶつかりあい。

国民統一政府が実効支配はできていないので、今ひとつ国際社会から支持をとりつけられていない。

人々の努力だけで何とかせよというのは酷な話で、そのまま放っておくと悪化する。国際社会が責任をもって、軍に暴力行為をやめさせないと改善にむかっていかない。

昨年度のミャンマーの経済成長率はマイナス18%と世界銀行の数字。(軍事政権から民政移管以降)この10年の社会経済の発展が一転して真っ暗になっていく、その深刻な状況を軍が理解していない。

海外からの投資も非常に減り、今いる企業も撤退にむけた準備に入っているのに、軍は何とかなると思っているようだ。

軍は1962年と1988年にクーデターを起こした。

例えば1988年はデモを武力で弾圧したが、軍から見れば「1,2週間で鎮火できた」。

この「成功体験」があるので、今回も3か月ぐらいで抵抗が終わり、経済も元に戻ると思っていたようだが、今は基本条件が1988年当時とは全く違う。

■いきなり電気が消え、出て行け…若者の怒り

今は21世紀。2010年代以降、ミャンマーでも一般大衆がスマホを持って桁違いの情報を集め、発信できる。

特に(軍事政権から民政移管後)10年間、やや中途半端とはいえ、民主主義的な自由な制度のもとで、生活できた。若い人はその時代しか知らない。

それがクーデターで、光から闇に突き落とされた。

いわば、見ていた劇でいきなり幕がおりて、電気が全部消え、「はい、おしまい、出て行きなさい」と言われたも同然。

自分の人生、未来を否定された。また、自分が愛着を持っているミャンマーという国の未来も否定された。

それへの不満、怒りが爆発し、長期的な抵抗のエネルギーになっている。これを、軍は見抜けなかったですよね。

NUG(国民統一政府)はオンラインのみで、国を実効支配できていないが、オンラインの強みで、軍がこれを倒すことができない。オンラインで世界中とつながることができる。

1988年にも、タイとの国境地帯に(民主勢力の)政府ができたが、機能せず、アメリカに亡命し、人々の支持を失った。

今回、民主側政府はオンラインで国内の人々や世界とやりとりし、支持が続いている。これも軍は予測できていなかっただろう。

オンラインでの情報の受信、発信を封じ込める法律案もあるが、人々のやりとりを止めることは不可能だろう。

■軍はなぜ権力に固執するのか?

軍が選挙に負け、最初の5年間は民主政権のもとで我慢していた。

軍が作った憲法は完璧だと思っていたのに、民主政権がすきをついて、「国家顧問」という役職を作り、あろうことかそこにスー・チー氏を据えた。さらに民主政権は憲法改正で、軍の力を弱めようとした。

軍は、自分たちが監視できる議会制民主主義しかだめなんですね。でも、スー・チー氏らは逆で、議会制民主主義によって軍をコントロールする憲法に変えようとした。

軍は、議席を多く持っているので憲法改正を否決した。しかし、一昨年、軍は再度選挙に負け、さらに5年間、民主政権が続くことになった。軍が憲法改正を否決し続ければ市民の反感を買うだろう。

民主政権は国営企業の民営化を進めようとしたが、そうなると、出世できない軍幹部にあてがうポストが減って、軍内部の不満がくすぶってしまう。

また、軍のトップ、ミン・アウン・フライン総司令官は去年、定年のはずだが、任期延長を狙い、できれば大統領になりたいという野心があったとされる。

民主政権は、総司令官を任命する「国防治安評議会」を開かないことで、彼を引退させようとした。それは耐えがたいことだったのだろう。

こうした3,4つのことが、軍がクーデターを起こした背景だ。

軍の狙いは、スー・チー氏は生きていてもいいが、二度と政治に参加できないようにする。

彼女が率い、市民の人気が高いNLD(国民民主連盟)を解党はできないが、その魂をぬく、幹部を逮捕し、財源を奪う。

2023年8月に予定されている選挙までにNLDは弱体化するか、選挙に参加しないかもしれず、NLDなしの議会を作れる。

■武器を持って戦う市民

──武器を持って軍と戦うPDF(国民防衛隊)が各地にでき、参加者、支持者が増えていることは事態打開に功を奏しますか?

功を奏するかは何とも言えない。自分の身を守るためのものだ。

クーデター後、3,4か月は、民主勢力は非暴力だったが、人々は、「何もしないで、不服従運動だけだと、軍に殺される、家族の命が守れない」と感じ、武力での抵抗を決意したひとたちだ。

武器の面では明らかに不利だ。PDFやPDFに軍事訓練を行っている少数民族組織はあくまで地上戦で、(拠点などを急襲する)ゲリラ戦が得意なので、軍に勝つこともあるが、その後の軍による報復がひどい。

今回の特徴は、空軍を使っていることで、抵抗勢力がいる村を空爆したり、無関係の村人ごと焼き殺したりする例が相次いでいる。すると、人々の怒りを買い、戦う人が増える。

日本には、民主勢力が武力を使うのは応援できないという人がいる。しかし、市民が武器を持たずにいると危ない、殺される状況にあるミャンマーの人々に「CDM(軍への批判を表すため仕事など休み、家から出ない行動)だけでやれ」「非暴力を続けるべき」と、日本で安全なところにいるわれわれが、言えるのか?と。

今のミャンマーの情勢でどう人々が戦うのかは、彼らが決めるでしょう。あくまで「防衛軍」だから、軍の暴挙を封じ込めれば、PDFも消滅するが、事態は泥沼化している。

──スー・チー氏は非暴力を掲げてきましたが彼女も現状を見れば、PDFを容認するのではないか

以前、南アフリカを例に出し、戦術として非暴力で戦うが、必要な場合には暴力闘争も否定しないと述べた。

今、スー・チー氏は軍にとらわれ、どこにいるか全く伝わってこない。

弁護士は場所や接見内容を口外することを禁止されている。弁護士の接見は20分程度しか許されていないし、スー・チー氏は、今の状況を詳しく知らされていないのではないかと思う。