男だって生きづらい 「男は強くあれ」の呪縛とは
11月16日にジェンダー平等を推進する「一般社団法人あすには」が東京都内で行ったイベントには、約20年間、アルコールやギャンブル、DVなど依存症の問題に関わってきた精神保健福祉士の斉藤章佳さんや、恋愛とジェンダーをテーマにコラムやラジオで発信してきた清田隆之さんらが登壇し、男女の参加者とともに、男性が「男は泣くな」「男は働け」「男は強くなければ」などと言われ続けることで、周囲の人も自分自身をも追い詰めてしまう可能性について考えました。
斉藤章佳さんはアルコール依存症などのほか、2500人以上の性犯罪加害者の治療に関わった経験から、依存症の陰には男尊女卑的な発想があるのではないかと指摘しました。「男らしさ」「女らしさ」という社会から期待された規範にとらわれて、生きづらくなり、依存症につながるのではないかということです。
「男は仕事、女は家庭」「女性が男性に忖度する」といった発想の元で、女性は介護や育児などの悩みなどから万引きや摂食障害に、男性は「強さ」や「勝つこと」が求められ、長時間労働などで苦しくても弱音をはけないことなどから、アルコールやギャンブルなどで気を紛らわせるうちに、依存症になる例が多いと感じると述べました。
そして、男尊女卑の価値観は、家庭内で主に同性の親から植え付けられることが多く、学校で芽を出して、メディアから水を与えられ、社会によって花開くと説明。斉藤さん自身も、実は男尊女卑的な発想を植え付けられてきたと話し、学生時代サッカーをしていて、「男は強く」といった環境の中で、実は食べては吐くを繰り返す摂食障害になっていたが、それを誰にも言えなかった経験があるということです。
その後、仕事として、依存症や性加害者の治療にあたる中で、その背景にある「男尊女卑」「男らしさ」を手放さざるを得なくなったと話し、依存症や生きづらさを脱するには、「男はこう」「女はこう」という社会のゆがみを変える必要があると述べました。
■「男らしさ」の呪縛を脱するには「おしゃべり」を
この日のイベントでは、恋愛について聞き取り、コラムなどを書いてきた清田隆之さんが、男性は悩みやつらさを外に出さない傾向があるが、人に話すことで気持ちが楽になるとして「男性同士のおしゃべり」を提案しました。話す側は自分の中のモヤモヤを感じ取り、何を成し得た(DOING)ではなく、どう感じたか(BEING)、という感情を言葉にすることを目指そう。面白い話とか役立つ話をしようとしなくていい、支離滅裂でいいと、清田さんが説明しました。聞く側は、口を挟まず、意見や解決策を言わずに、ゆっくりうなずき、ひたすら聞くことが大切だということです。そして、実際に登壇者が順番に、最近の家庭での出来事などの「おしゃべり」にトライしました。
■参加者は…
この日、会場には「妻とは意見が違うことが多くて、男性と女性では感じ方が違うのかなと思い始めて、もっと知りたくて参加した」という男性や「学校を卒業するとか、働き始める時など何かを選択する時に男は、こうあるべきとか考えて、生きづらい気もしていたが、自分は徐々に変わってきた。結婚して妻の姓を選んだら、周囲からあまり理解してもらえなかった。もっと広く社会全体で考え方が変わっていくといい」と話す男性もいました。
■つらい、痛いと感じていい、それを言葉にしてみよう
終了後、斉藤章佳さんに話を聞きました。
斉藤:今、つらい、痛いとしたら、ちゃんとそれを言葉にすることが大事だと思っています。例えば男の子を育てる時、転んでケガをしても、男の子だから泣くな、これぐらいで泣いていたら立派な大人になれないなどと言いがちです。つまり、痛いと感じてはいけないと刷り込まれていく。しかし、痛いと感じたのであれば、それを言葉として伝えることが大切で、その痛いという感情を周りに認めてもらって、心が和らいでいく経験を重ねることが大事だと思っています。
自分の痛みに鈍感ということは、他者に共感する気持ちになりにくい。逆に自分の痛みに鋭敏であれば、他者の痛みにも思い至る、共感的になれるということ。本来、人は痛みを分かち合うもので、つらかったよね、しんどいよね、という話が日常的にできるといい。女性同士は割と感情のやりとりを日常会話の中でして、気持ちが浄化されて、次に進めるんですけれども、男性は弱音をはけずに、つらさを感じないように封じこめて、ため込んでいって、薬物やアルコールやギャンブルで紛らわす。それが依存症につながる人がいらっしゃる。まず、自分の気持ちを正直に語り合うといったことができるといいですね。
子ども連れのお父さん同士が公園で、たまたま一緒になったとします。子どもについての失敗などをそのまま話して、「わかるわかる」などと、共感的な会話ができるはずなんですよね。男性も自分の弱さとか恥ずかしいと思うことを話すことで、共感が生まれて、なんか知らないけど、温かい気持ちが残って、じゃあ…と別れる。
実は、これはアルコール依存症などの自助グループで行われていることと同じなんです。人は誰かの成功体験を聞いても、あまり共感できないですよね。でも、人が失敗した経験を正直に話すのを聞くと、勇気づけられるもんなんです。自分の弱さが誰かのエンパワーメント、勇気づけることにつながる。そういうメリットのようなものが男性にもわかると、人に言いにくい弱い面をオープンにする文化が根付いていくんじゃないか。つらさを我慢した末に、部下を怒鳴るとか、奥さんに何か強く言葉を発することでストレスを解消するのではなくて、別の選択肢が広がっていくと思うんですよね。
■弱さを正直に語ることが他者を勇気づけるとは?
斉藤:実はアルコール依存症の自助グループに、私が治療する側として参加する中で、自分の話をしたんですけれども、私は依存症当事者ではないので「私はちょっと違うんだよ」といった空気を出して、成功体験のようなことを話したんですね。すると参加者の方が「どうも斎藤さん、顔がつらそうだよ」と。「僕たちは斎藤さんのかっこいい話とか、成功体験を聞きたいわけじゃなくて、あなた自身の弱い話を聞きたいんだ」と言われたんです。
自助グループの神髄というのは、正直に話すことなんです。そうやって弱い面を見せて、初めてお互いが仲間になる。仲間のつながりというのがとても大事で、このつながりの中で、今日一日、お酒をやめられる、また次の日も、そのつながりがあって、お酒がやめられる。本当にこの積み重ねで、断酒を続けていけるので、この自助グループの正直に弱みを見せるようなやり方を、今の「男らしさ」で苦しんでいる人たちにも使える可能性が高いんじゃないかなと思います。
記者:偉そうに見せるのではなくて、正直な関係を築くことが、みんなの力になる、安心安全の場、お互いがあなたのままでいていいというような関係につながっていくということでしょうか。
斎藤:そうですね。