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あふれる情熱で鋼を鍛え…81歳“令和の名工”が生み出す「マグロ包丁」

2023年5月6日 20:49
あふれる情熱で鋼を鍛え…81歳“令和の名工”が生み出す「マグロ包丁」

福井県に、刃渡り1メートルを超えるマグロ包丁を手掛ける職人がいます。コロナ禍の影響を受けながらも、年齢を重ねるほどにあふれる情熱で、全国の水産業を支える一丁を生み出しています。

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4月、千葉市の幕張メッセで開かれた「カーボンニュートラルを考える2023」。

「この包丁は、越前打刃物700年の歴史を持つ刀匠・千代鶴国安(くにやす)の流れをくむ現代の名工、清水正治に仕立てられた、マグロを切る専用の包丁です」

このイベントの舞台で豪快に包丁をさばくのは、国内の女性で初めて1級マグロ解体師の資格を取った、アイドルグループ・アンジュルムの川村文乃さんです。背丈に近い長さの越前打刃物でマグロを鮮やかに切り分け、会場を盛り上げました。

このマグロ包丁を作ったのは、越前市の伝統工芸士・清水正治さんです。大きなマグロの解体に欠かせない特殊な包丁を作る職人は、全国でもわずか数人。81歳の清水さんはトップクラスの腕を持つベテランです。

火と向き合い、体力と気力を振り絞るその技は、今なお健在。

清水正治さん
「鋼付けから鍛造して付加価値を付けている」

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包丁づくりは、まず地金に刃先となる鋼を接合する伝統技法の「沸かし付け」から始まります。鉄材を800度になるまで熱し、機械に1時間かけて、およそ5倍の長さに打ち延ばし、形を整えます。刀身の強度を高める焼き入れは、包丁づくりの重要な工程。最適な温度の見極めは、材料の色あいがよくわかる夕方が勝負です。

清水さん
「長年の勘。目が利かないといけない、すべて目。温度を上げると真っ白になる。白くなったらあかん。橙(だいだい)色」

金属が橙色に輝く800度に達すると、急激に冷やします。この熱処理で芯の地金がしなり、鋼の刃の切れ味が鋭くなります。

清水さん
「はぁ、へろへろになる」

清水さんはハンマーを使い、焼き入れの際の温度差でできたゆがみをたたいて、まっすぐに仕上げます。

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マグロ包丁を手掛けるようになったのは、還暦を過ぎたころ。包丁の製造も機械化が進む中、長い日本刀のようなこの包丁を手仕事の集大成にしたいと考えたのです。

清水さん(当時68歳)
「こんなもん、長いものをやろうと思ったら根性入れてやらないとできん。これは並じゃできんのやぞ、いい加減な根性じゃできん」

包丁が活躍するのは全国の水産・飲食業界の現場。大きな魚をさばく人も、この一丁が頼りです。

水産会社の人
「使いやすいですね。これだけ太いとなかなかしならないですけど、これだけしなって、やり易い。包丁の重さで切れていく。おろし易いと思います」

81歳の今も、清水さんの仕事の中心はマグロ包丁。高いレベルを求め、鋼を鍛えます。

清水さん
「ハートが大事、心!」

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清水さんが情熱を注ぐ一方で、産地に大きな打撃を与えたのは、コロナ禍の感染拡大でした。

清水さん
「あかんようになった、コロナで数が少なくなった。昔は毎月12丁ずつ出た。コロナになったら3、4か月に1本だから、あかん」

今年に入って、ようやく需要が戻り始めました。飲食業界の回復を受けて、鮮魚店から包丁の注文も入るように。

清水さんの工房には、5年前から弟子が入っています。仕事ができるうちに自分が培った技を次の世代に引き継いでもらう狙いです。

北村拓己さん(34)
「真っ赤に熱した鉄を自由自在に形を包丁にしていく。そこに魅力を感じている。とにかく難しい技術を習得してレベルアップしたい」

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81歳の清水さんの衰えない気力と体力の秘訣(ひけつ)は、愛犬「まぐろ」との散歩と毎日のスクワット運動です。

4月29日、清水さんの部屋はにぎやかに飾り付けられました。5月8日の誕生日を前に、妹や娘夫婦が清水さんのお祝いをしてくれたのです。

清水さん
「何と82歳になりました」

 「今年で終わりやろ」
 「これからこれから」
 「誕生日おめでとうございます」

職人として生活が苦しかった時期、一家を支えたのは妻の靖子さんです。12年前の2011年に68歳で亡くなったあと、清水さんが長年の功績で黄綬褒章に輝いた際も、これは自分がもらったのではなく奥さんがもらったものだと気づかされたといいます。

清水さん
「まだしばらく、いられる。“おっか”が迎えに来るまで(仕事して)いないといけない」

打刃物一筋。モノづくりへ情熱を注ぎ続ける令和の名工は、鋼に魂を込めるように、これからもハンマーを打ち続けます。