国枝慎吾×有働由美子 “金メダルで満足”「あれ以上の喜びはないな」と“テニスに求めるものがなくなった”と明かす
今年7月に、ウィンブルドンで初優勝を果たし、四大大会では実に50個目のタイトルを手にした国枝選手。さらにパラリンピックと四大大会全てを制覇する「生涯ゴールデンスラム」を達成しました。その快挙を達成したレジェンドから明かされた言葉とは。
(国枝選手)本当に毎日辞めようと思っていました、テニスを。気持ちも「燃え尽き症候群」みたいな状態にまでいきました。
(有働)燃え尽き症候群?
その原因は男子シングルスで自身3度目の金メダルを獲得した、自国開催の東京パラリンピックにありました。
(国枝選手)満足しちゃったんですよね、あのパラリンピックの金メダルで。もうこれ以上テニスに自分自身が求めるものって、ないんじゃないかって。あのパラリンピック以上の喜びはこの先ないなと。じゃあ何のためにこれからテニスするの?って。
(有働)周りの方に相談しましたか?
(国枝選手)結構しましたね。
(有働)みんな何て言うんですか?奥様とか?
(国枝選手)妻はやっぱり『ここで辞めたら後悔するんじゃないの』『まずはオーストラリアに行ってみましょう。試合に出てみたら、もしかしたらやりたくなるかもしれないし』と。
◆“燃え尽き症候群”からの復活
国枝選手の背中を押したのは、2011年に結婚した妻・愛さんの言葉でした。
その言葉に従い出場した、今年1月の全豪オープン。
着実に勝ちを重ね、たどり着いた決勝の舞台が、テニスへの情熱を取り戻すきっかけとなりました。
(国枝選手)今日が最後かもしれないぞっていう思いで、決勝戦に臨みました。追い詰められた状態だったんですが、キャリアベストの試合ができてしまったんですね。今まで打ったことのないバックハンドのショットが2本続けてあって。
そのショットは、セットカウント1-1、第3セット6ゲーム目に連続で決めた、バックハンドのダウンザライン。
(国枝選手)一番難しい“ライジング”と言われて、ボールの上がりっぱなを叩いているんですけど、それをバックハンドの一番難しいといわれる、ストレート方向に持っていくダウンザライン。二重で難しさがかかっているのでドヤ顔してますけど、多分びっくりしてました、自分で笑(有働)キャリアベストって、このシチュエーションで生まれるんですね。
(国枝選手)完全、極限の集中状態だったので、半分以上まぐれなショットだったんですけど。
あのバックハンドのショットをもう一回再現したい。
どういった角度で腕が出ているか見直して、チェアがどういう向きになっているか。バックハンドをスローモーションで撮って研究していくうちに、火がついていって。バックハンドだけじゃなくて、サーブもフォアハンドも、まだまだ改善する余地があるんじゃないか。もっとテニスをうまくなるっていう原点にたどり着いたような。
(有働)テニスの神様が『まだよ。まだよ』って言ってるんですかね。
(国枝選手)どうですかね?やり残したことがきっとあるんですよね、そういう意味では。
“強くなりたい”“もっとうまくなりたい”車いすテニスに出会ってから常に国枝選手を突き動かしてきた気持ちを、取り戻しました。
◆苦手なウィンブルドンで勝てた理由
全豪オープンを制した国枝選手は、6月の全仏オープンでも4年ぶり8度目の優勝。
そして迎えた7月のウィンブルドン。国枝選手が四大大会のシングルスで、唯一優勝できていなかった大会です。
その大きな原因の一つが、芝のコート。
(国枝選手)芝は特殊なんですよね。ボールはイレギュラーしますし、車いすの操作も相当大変、ハードコートの3倍くらい力が必要だし、1回こいでもなかなか進まない。自分自身のプレーの特長である、チェアワークを生かすことが完全に封じられる。
自らも苦手と認めるウィンブルドンでなぜ勝つことができたのか。そこにはあるレジェンドから言葉がありました。
(国枝選手)昨年のウィンブルドンは1回戦負けだったんですよ。終わった後にフェデラー選手と対談することがあって。8度制しているわけですよね、彼は。男子歴代最多な訳です。その選手に、一番難しい芝を、どういう気持ちでいつもプレーしているんだって。返ってきた答えは本当にシンプルで『ミスを気にしない。とにかく芝は攻撃が最大の防御である』と。
(有働)技術的な細かいことじゃなく、恐れるな。
(国枝選手)シンプルだからこそ効きますね。決勝戦の苦しい場面でもとにかく攻め続けるんだと。
決勝は、世界ランク2位のイギリス・ヒューエット選手と対戦し、第1セットを4-6で奪われる苦しい展開。それでも国枝慎吾選手は落ち着いていました。
(国枝選手)選択としてはバックハンドのストレートを打ち続ける。全豪オープンの精神状態と、あのプレーを引き出せればチャンスはあるという希望は持っていました。
全豪オープンでは、半分まぐれだったという、バックハンドのダウンザライン。
リスクの高いこのショットに勝負を託し打ち続けた国枝選手は、第2セットを7-5で競り勝つと、第3セットは2-5の場面から、3ゲームを連取するなど大逆転。3時間20分の激闘を制し、初優勝を果たしました。
(有働)全豪と同じゾーンに入れた?
(国枝選手)入れましたね。頭の中はすっきり、やることは決まってるので、打つのみっていう状態。
(有働)私もゾーンっていうものを体験したい、死ぬまでに。それを一生体験しないのがもう一番残念なんですよ。
(国枝選手)いや、いつも入ってらっしゃいますよ。
(有働)入ってない、一度も入ってないです。もう雑念だらけ笑
決勝の試合後、国枝選手は自分の背中を押してくれた妻・愛さんとしっかりと抱き合いました。
(国枝選手)ウィンブルドンをとって本当の意味で『やめなくてよかったな』って、まず妻と言いましたね。パラリンピックの後にも現役を続けるという判断ができたのも、日頃から支えてくれている妻の「オーストラリア出てみれば?」っていうところから始まっているので感謝しかないです。僕が感謝するのもそうですけど、お互いに『やったな』っていう気持ちが強いですね。『一緒にタイトルとったな』って心からそう思えるウィンブルドンだったと思います。
(有働)奥様へのご褒美とか、何か形にしたりするものですか?
(国枝選手)何もしていないですね。マズイですね笑
(有働)妻に怒られるとおっしゃっていた、脱ぎっぱなしを直すとかそういうことは?
(国枝選手)心がけます笑
(有働)まだしてない笑
◆趣味の将棋で藤井五冠と対局
(有働)藤井聡太さんと、将棋を指していましたね。
将棋が趣味の国枝選手は、ある対談企画で藤井聡太五冠と対局をしました。
(国枝選手)もちろん普通の二十歳の方じゃないんですが、初々しさを感じました。将棋盤を挟んで、一局指させて頂くことになったんですけど、顔を上げた瞬間に藤井さんの後ろから風がぶわっと吹いてきて。
(有働)風ですか!
(国枝選手)本当に鳥肌が立ちましたね。気迫というか、風圧がこうガッとくるのは。
(有働)国枝さんもきっとそうですよね、相手からしたら。
(国枝選手)その後藤井さんにラケットを持っていただいたとき、少しこちらが有利な心境になりました笑
(有働)こちらの土俵に入ってくれれば。
◆38歳 レジェンドが目指す姿
(有働)国枝慎吾は何を目指して、どういうプレーヤーでありたいですか。
(国枝選手)今回のウィンブルドンで、タイトルは全て取りきったと自分自身にも言えると思いますし、テニスをどううまくなるか、少しでも極められるかに集中していきたいと思います。それがスポーツの原点かなと思っていて。できないことができるようになる瞬間、今まで打てなかったショットが打てるようになった瞬間というのが、1番テニスをやっていて楽しい瞬間でもあるんですよね。より良いショットを打つことを原動力として、これからプレーしていきたいかなと思いますね。
国枝選手が次に出場する四大大会は9月の全米オープン。大会3連覇、そして1年間で全ての四大大会を制覇する「年間グランドスラム」に王手をかけています。
(有働)9月の全米はどういうプレーを?
(国枝選手)1年間で全て取るという年間グランドスラムもかかっているので、当然ここまで来たらなかなかそういったチャンスもないので、達成したいなと思います。でも、そこまで重圧を考えなくてもいいかなっていうふうにも思うので。自分自身がキャリアのベストをそこで更新する気持ちでプレーしたいなと思います。
(有働)すごいですね。年間で全部取るって、なかなかですよね。
(国枝選手)そうですね。この歳で、そういった流れになるのは予想してなかったですね。ちょっと怖いぐらい出来過ぎかなって思います。
(有働)何か国枝さんの話を聞くと、こっちが浄化される。
(国枝選手)浄化されないですよ。疲れたまらないですか、大丈夫ですか?
(有働)全然!けがれが落ちる感じが。
(国枝)ありがとうございます。
38歳レジェンドの挑戦はまだまだ続きます。