史上初の7連覇達成! チーム分裂の危機を乗り越え、崖っぷちから這い上がった女王たちの軌跡 名城大学女子駅伝部
10月29日、杜の都・仙台で行われた第41回全日本大学女子駅伝。スタート直後に転倒する選手が出るなど波乱の幕開けとなったが、結果は名城大学が史上初の7連覇を達成。途中3年ぶりにトップの座を譲る場面もあったが、3区と6区では区間賞となり、危なげないレース展開だったように見えた。だが、今年は過去最大のピンチだったと名城大学女子駅伝部の米田勝朗監督は語る。
トラックシーズンに入っても結果が出せず、一時は「落ちた女王」とまで言われた。そんな彼女たちは、一体どのようにして絶対女王の座を死守したのだろうか。
絶対的エースの不在 ケガ人続出 チームに暗雲が立ち込めたシーズン前半
名城大学がこれほどまでの強さを誇ってきたのは、学生界のトップに君臨する「絶対的エース」の存在が大きい。去年は小林成美選手と山本有真選手がチームを引っ張り6連覇へと導いた。
今年、次期エースとして期待されていたのは、中学時代から注目されていた2年生の米澤奈々香選手。シーズン前半に左足首などを負傷したものの、6月には20歳以下のアジア選手権で優勝。だが、無理がたたったのか、その後はケガや体調不良が続き、秋のトラックレースも欠場した。
また、たった1人の4年生・キャプテンの増渕祐香選手もエースの座を期待されていたが、5月に仙骨を疲労骨折し、2か月もの間、走れない日々が続いた。
キャプテンが離脱したチームは、シーズン前半にケガ人が続出。部員22人のうち半数以上が満足に走れない時期もあった。選手たちの不調が続いた理由を、米田監督はこう振り返る。
米田勝朗監督:
「去年12月の選抜駅伝が終わってから緊張感なく1月~3月を過ごしてしまった。それが尾を引いてトラックシーズン入っても結果がでない。学生たちが焦って練習をしてケガにつながるっていう悪循環があったと思う」
シーズン前半のトラックレースでは、ライバル校のエースたちが好成績をマークする中、名城大学の選手たちは不振が続いた。例年はトラックレースでも他校を圧倒してきた名城大学だったが、完全に女王の輝きを失っていた。
インカレでまさかの惨敗 絶体絶命の女王たち
そんなチームの状況を見かねた米田監督は、選手たちを集めて喝を入れた。
米田勝朗監督:
「前半シーズンの結果を見ればチームに甘さがある。負けて初めて気づいたときには遅い。これが最後のタイミングだと思ってくれ。ここでチームが気づかなかったらチームがズルズルいって、駅伝のときに何であのときチームが変われなかったんだろうと悔し涙を流して終わりだよ。みんながハードルを上げていかないとチームは変わっていかんぞ」
米田監督の言葉に触発されたのか、夏合宿では自分を極限まで追い込む部員たちの姿があった。その中で誰よりも走り続けていたのはキャプテンの増渕選手だった。ケガが完治したこともあり、今までの遅れを取り戻そうと必死で走り込んでいた。キャプテンとして後輩たちに背中を見せなければいけないという責任感もあったのだろう。1周1キロのクロスカントリーコースを自分の限界まで走り続けるという合宿名物の練習では、競り合いの強さに定評がある3年生の谷本七星選手にも競り勝った。
キャプテンの復調に引っ張られるように部員たちの調子も上がってきた。これでチームに良い風が吹き始めたように見えたのだが、9月14日に行われた大学日本一を決めるインカレで、名城大学はまさかの惨敗を喫したのだ。
5か月ぶりの実戦レースとなる増渕選手はトラックレース1万メートル決勝に出場。30度を超える暑さの中を懸命に走り続けたが、7500メートルを過ぎたところでコーチが異変に気付きストップをかけた。診断は熱中症。人生初のレースリタイアとなった。他の選手たちの結果も散々だった。
女王復活を示すどころか「落ちた女王」と囁かれた。選手たちには焦りが広がり、感情が抑えきれなくなっていた。名城大学女子駅伝部は、まさに絶体絶命まで追い込まれていたのだった。
「このままじゃ負ける」 緊急ミーティングで後輩から涙の訴え
駅伝まで残り1か月半。インカレでライバル校に惨敗した部員たちは、名古屋に戻ると緊急ミーティングを開催した。声を上げたのは下級生たちだった。2年生の石松愛朱加選手は、涙ながらに訴えた。
石松愛朱加選手:
「故障も体調不良も苦しいのはわかっているけど、まだみんな本気でできてないんじゃないかなとか、自分の中で気持ちの整理ができなくて。上級生ももっと本気で取り組めることはあると思うので、同じ熱量でみんなで頑張りたいなって思います」
石松選手はエース候補の米澤選手が負傷した時も、2年生ながらチームを引っ張ろうと奮起していた。だからこそ、なかなか一つにまとまらないチームの状況を見て、憤りを感じていたのだろう。また、キャプテン不在の中でチームをまとめようと奮闘してきた3年生の谷本選手も、チームメイトに向けてこう伝えた。
谷本七星選手:
「このまま駅伝に行ったら本当にまずいって思って、自分がチームの一員だってことを…優勝するメンバーなんだって自覚を持って。そういう風に過ごしてほしいと思います」
そういう後輩たちの魂の訴えを誰よりも重く受け止めていたのは、他の誰でもない、キャプテンの増渕選手だった。キャプテンという立場でありながらケガでチームを離脱。本調子ではないまま出場したインカレはリタイア。チームが一つにまとまらず、分裂の危機にまで追い込まれてしまった原因は自分にあると、ずっと責任を感じていたのかもしれない。後輩たちの言葉に耳を傾ける表情は終始固かった。
輝きを取り戻した女王たち チーム全員で掴み取った7連覇
緊急ミーティング翌日の練習では、声を掛け合い、励ましあい、チーム全員で前を向こうとする姿があった。率先して声を出していたのはキャプテンの増渕選手。チームを引っ張るのは自分しかいないという覚悟が決まったようだ。そういうキャプテンの姿を見て、後輩たちも後に続く。チームに漂っていた重苦しい空気が晴れ、女王たちが輝きを取り戻しはじめた瞬間だった。
チーム全体が調子を上げていく中、6人のメンバーを選ぶための最終チェックとなる3000m走が行われた。チームメイトとはいえ実力勝負の厳しい世界だ。誰もが6人に選ばれるために全力を尽くし、下級生たちも積極的に前に出て猛アピールする。
大会2日前、いよいよ駅伝に出場する6人のメンバーが選ばれた。だが、米田監督が選んだ6人の中にキャプテンの増渕選手は入っていなかった。まだ本調子ではない増渕選手の、将来を期待するからこその苦渋の決断だった。増渕選手はどんな思いで受け止めたのだろうか。その心中は察するに余りあるが、駅伝前日に行われた最後のミーティングで、増渕選手は後輩たちにこんな言葉を贈った。
増渕祐香選手:
「この6人なら絶対に7連覇できると感じたので、6人は自信をもって楽しんで走ってほしい。チーム全員で7連覇を達成できればと思います」
増渕選手は悔しさを一切見せることなく、選ばれた6人を鼓舞するようなメッセージを贈り、名城大学のキャプテンらしい堂々とした姿を見せた。
そうして迎えた決戦当日。出場した6人は完璧なまでの走りを見せ、他の部員たちは選手たちのサポートに徹し、名城大学女子駅伝部は史上初となる7連覇を達成した。これまでの不調が嘘のように、絶対女王の貫録を見せつける結果となった。
今シーズンの名城大学のスローガンは“有言実行 己に克つ”。まさに全員が己に克ち、掴み取った7連覇だ。当然、チームは前人未踏の8連覇を見据えているだろう。女王たちは、すでに8連覇に向けて走り始めている。