【全文】巨人・原辰徳監督 最終戦セレモニーで辞任のあいさつ 3期17年で球団最多1291勝
辞任を発表し、ファンに手を振る巨人・原辰徳監督(画像:日テレジータス)
2023年シーズンを71勝70敗2分で終え、2年連続のBクラスに低迷した巨人。
最終戦後のセレモニーでは、原辰徳監督が辞任を発表。そして阿部慎之助ヘッド兼バッテリーコーチが新監督に就任することも発表され、来季から新体制でのスタートとなります。
原監督は1980年にドラフト1位で巨人に入団し、新人王を始め、現役生活15年間でベストナインやゴールデングラブ賞など数多くのタイトルを獲得。引退後はコーチを3年間、監督を通算17年間務め、球団歴代最多の通算1291勝、9度のリーグ優勝、3度の日本一を達成し、巨人の一時代を築きました。
▽以下、原監督あいさつ全文
2023年度、10月4日、全日程が終了しました。ちょっと早すぎます。規制もなくなり、たくさんのファンの方にグラウンドに足を運んでいただき、そして大声で声援、歓声たくさんいただきました。1年間本当にありがとうございます。改めてファンあってのプロ野球、ファンあってのジャイアンツ、本当にそう思いました。本当にありがとうございます。
チームは昨年度Bクラス。“奪回”という目標の中、懸命に戦って参りました。(会場で流された)先ほどのビデオを見ていると、優勝しているかのようなゲームが多い。しかし道のりは険しいものでした。選手、コーチ、スタッフ、全力で戦い、一つになり戦いました。しかし力及ばず、成績、みなさんの前で誇れるものはなく、期待に応えることができませんでした。これはひとえに監督である私の指導不足、私の責任であります。本当に申し訳ありませんでした。
とはいえ、ここにいる選手たち、来年も戦ってくれる選手がたくさんいます。どうか今年の気持ち、ユニホームに染み付け、その悔しさを心に刻んで、来年は戦い抜きます。今年と変わらぬ温かいご声援を、ファンの皆様よろしくお願いいたします。
それから、個人的な話をさせていただきます。22歳、巨人軍に入団しました。選手15年、コーチ3年、監督17年。35年、戦い抜きました。現在、65歳。その時々のオーナー、正力(亨)さん。渡辺(恒雄)さん、そして現オーナーの山口(寿一)さん。育てていただき、託していただき感謝しております。
しかし勝負の世界が厳しいということは当然理解しております。17年監督をやり、私の父の教え、一つ最後まで生きたことがあります。考え事、悩み事、心配事、監督になれば増えると。ただし、床に、枕に頭をつけたら寝るんだ。どうしても考えたい、そういうときは部屋に電気をつけて椅子に座って考えろと。最後の最後までこの教えは私の中で教訓とし、そしてエネルギーとして変わりました。
いつも朝は、希望に満ちて『よし、今日はやるぞ』という風に思って目覚めた。それはこのことがあったからだと思います。球場にくれば勝利、勝つことを一心に考え、最善策とはなんぞや。全力で一日一日、一試合一試合戦って参りました。今回、このような成績に終わり、山口オーナーともしっかりと話をしました。Bクラス確定となった夜に、そのときに2つのことを約束しました。
1つは、辞任します。もう1つは、若い、新しいリーダー、阿部慎之助くんにチームを託そうと、そういう決断をしました。本当にジャイアンツファンのみなさま、そしてベイスターズファンの方も残っていらっしゃいます。野球ファンのみなさま、本当にお世話になりまして、ありがとうございました。私の心境は一点の曇りもございません。晴れ晴れとした気持ちでバトンを阿部監督に渡し、マイクも渡します。本当にありがとうございました。
最終戦後のセレモニーでは、原辰徳監督が辞任を発表。そして阿部慎之助ヘッド兼バッテリーコーチが新監督に就任することも発表され、来季から新体制でのスタートとなります。
原監督は1980年にドラフト1位で巨人に入団し、新人王を始め、現役生活15年間でベストナインやゴールデングラブ賞など数多くのタイトルを獲得。引退後はコーチを3年間、監督を通算17年間務め、球団歴代最多の通算1291勝、9度のリーグ優勝、3度の日本一を達成し、巨人の一時代を築きました。
▽以下、原監督あいさつ全文
2023年度、10月4日、全日程が終了しました。ちょっと早すぎます。規制もなくなり、たくさんのファンの方にグラウンドに足を運んでいただき、そして大声で声援、歓声たくさんいただきました。1年間本当にありがとうございます。改めてファンあってのプロ野球、ファンあってのジャイアンツ、本当にそう思いました。本当にありがとうございます。
チームは昨年度Bクラス。“奪回”という目標の中、懸命に戦って参りました。(会場で流された)先ほどのビデオを見ていると、優勝しているかのようなゲームが多い。しかし道のりは険しいものでした。選手、コーチ、スタッフ、全力で戦い、一つになり戦いました。しかし力及ばず、成績、みなさんの前で誇れるものはなく、期待に応えることができませんでした。これはひとえに監督である私の指導不足、私の責任であります。本当に申し訳ありませんでした。
とはいえ、ここにいる選手たち、来年も戦ってくれる選手がたくさんいます。どうか今年の気持ち、ユニホームに染み付け、その悔しさを心に刻んで、来年は戦い抜きます。今年と変わらぬ温かいご声援を、ファンの皆様よろしくお願いいたします。
それから、個人的な話をさせていただきます。22歳、巨人軍に入団しました。選手15年、コーチ3年、監督17年。35年、戦い抜きました。現在、65歳。その時々のオーナー、正力(亨)さん。渡辺(恒雄)さん、そして現オーナーの山口(寿一)さん。育てていただき、託していただき感謝しております。
しかし勝負の世界が厳しいということは当然理解しております。17年監督をやり、私の父の教え、一つ最後まで生きたことがあります。考え事、悩み事、心配事、監督になれば増えると。ただし、床に、枕に頭をつけたら寝るんだ。どうしても考えたい、そういうときは部屋に電気をつけて椅子に座って考えろと。最後の最後までこの教えは私の中で教訓とし、そしてエネルギーとして変わりました。
いつも朝は、希望に満ちて『よし、今日はやるぞ』という風に思って目覚めた。それはこのことがあったからだと思います。球場にくれば勝利、勝つことを一心に考え、最善策とはなんぞや。全力で一日一日、一試合一試合戦って参りました。今回、このような成績に終わり、山口オーナーともしっかりと話をしました。Bクラス確定となった夜に、そのときに2つのことを約束しました。
1つは、辞任します。もう1つは、若い、新しいリーダー、阿部慎之助くんにチームを託そうと、そういう決断をしました。本当にジャイアンツファンのみなさま、そしてベイスターズファンの方も残っていらっしゃいます。野球ファンのみなさま、本当にお世話になりまして、ありがとうございました。私の心境は一点の曇りもございません。晴れ晴れとした気持ちでバトンを阿部監督に渡し、マイクも渡します。本当にありがとうございました。