倒産数は過去最多なのに…なぜ「訪問介護」基本報酬引き下げ?経営者に聞く現状&今後「介護業界が突入する淘汰の時代」
高齢者の自宅をヘルパーが訪ねて入浴、排泄、食事などの介助を行う“身体介護”や掃除、洗濯、調理、買物代行といった“生活援助”のサービスを行う「訪問介護」。超高齢化社会の現代、最期まで自宅で過ごしたいと願う人たちにとって頼みの綱ともいえるこの訪問介護事業が苦境に立たされています。
国の制度改定で、今年度から訪問介護の基本報酬が2%ほど引き下げられました。厚労省は引き下げの根拠として、訪問介護の利益率が他サービスの平均を大きく上回ることを挙げています。
しかし東京商工リサーチによると、2024年上半期の「介護事業者」の倒産は81件で過去最多に。そのうち「訪問介護」が40件と半数を占めています。介護報酬の改定や人手不足、物価高による経営圧迫が影響したと分析しています。
■倒産件数は過去最多なのに…訪問介護の利益率が高いとされるワケ
愛媛県松山市で訪問介護や訪問看護、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の運営などを行う「安信(あんしん)」。島田知明常務取締役は、訪問介護の利益率が高いとされる大きな要因について、訪問介護には自宅1軒1軒を回る在宅介護のほかに、「サ高住」も含まれていることを挙げています。
「多数の利用者が入居されているサ高住は移動時間が少なく、効率よく訪問することができ、こちらは黒字となっています。一方、弊社でも在宅介護については5年ほど前から赤字が続いていて、サ高住の収入で補填している状況です。国は同じ『訪問介護』とひとくくりにしていますが、サ高住などの施設をもたず、在宅での訪問介護のみ行う中小の事業所は大変厳しい経営を余儀なくされる時代だと感じています」
現在、安信で在宅介護を利用するのは約90人。サ高住の入居者も約90人います。在宅の場合、もともとの基本報酬が少ないうえ、移動にかかる時間や政府による賃上げ促進での人件費増、ガソリン代の高騰を考えると、在宅のみで運営をしていくのは至難の業であるといいます。
そこに追い打ちをかけるように引き下げられた訪問介護の基本報酬。このままでは「在宅介護が破綻する」と、各地では抗議活動も起きています。
島田さん:
「企業にとっては物心両面の幸福を追求し従業員の生活を守ることが大切なので、抗議活動が起きるのは当然のことだと思います」
こうした批判に対し厚労省は、基本報酬に上乗せしヘルパーなどの賃金を上げる「処遇改善加算」を拡充。訪問介護の場合は最大24.5%を加算できるよう設定し、報酬全体で増額されるはずとしています。
しかし、島田さんは「最も高い区分にしてしまうと利用者の負担も増えてしまうため、弊社では4段階の下から2区分目を算定していますが、処遇改善加算を取得した分はすべて職員の賃金に充てるため、事業所としての収益は下がっている」と指摘します。
人口密度に対して、サ高住などの施設数が全国トップクラスに多いという松山市。一方、安信では在宅介護の利用者自体が減少傾向です。かつては子どもや孫などで支援していた大家族時代から、共働きが当たり前、孫などは県外へと核家族化が進み、1人にかかる家族の介護負担増から施設に入居している…という背景があります。
■「在宅介護は人手不足」その背景にあるのは
団塊世代が75歳以上となり超高齢化社会を迎える2025年問題。さらに団塊ジュニア世代が高齢者へ突入する2040年問題が迫るなか、ますます深刻化している“人手不足”。
2024年の介護福祉士国家試験の受験者数は74595人で、この10年間で半減しました。介護職を目指す若者自体が減っているなか、安信では、サ高住で働く介護職員は年齢が30~40代に対し、在宅を専門とするのは平均50代~60代です。
島田さん:
「施設に比べて、自宅はどちらかというとアウェーな空間で緊張感は高まり、若い人はあまりやりたがらない。また、これまでは1軒ごとの請負契約であることも多く、収入は不安定で、男性も含めて結婚などを機に転職してしまう人が多かったです」
そこで安信では若手正社員を積極的に雇用し、10年前から賃金改革に努めてきました。しかし「求人希望者は大幅に増えたものの辞めてしまう人もやはり多く、体力も気力もいる、特に弱ってきた方々へ気を送るという心をベースとした仕事」だと強調します。
■再び在宅介護のニーズが高まってくる
赤字がつづき利用者も減ってきている中、経営陣として今後「在宅介護をやめる」という選択肢はあるのでしょうか?島田さんは2040年以降、再び在宅介護のニーズが高まってくると考えています。
「これだけ年金が出ないといわれ、生活がますます苦しくなると施設への入居費用が払えない人が増えてきます。サービス利用料が1割負担だった高齢者の方も今後は原則2割負担に上げる。そうすると、今は早め早めに施設に入るのが、経済的理由からできるだけ自宅で…と今度はどんどん引っ張るようになる時代が来る。今、ヘルパー事業所を畳んでいくと、そういう人たちが介護を受けられなくなってしまう」
また「団塊ジュニア世代」が65~70歳を迎え、日本の高齢者人口がピークを迎えるとされる2040年。それ以降になると高齢者の数が減ってきてサ高住などの施設でも倒産が増え、介護業界が淘汰されていくと島田さんはいいます。
「そもそも人口が減って需要供給バランスが崩れる。今は人不足で、ここ10年20年は本当に大変だと思いますが、2040年を過ぎると外国人労働者の受け入れもさらに進み、今度は人余りが出てくる。また、団塊ジュニアの方は一度自分の親を施設に入れて、家族として介護施設を見てきているから知識と経験がある。その方々が自分の施設を選ぶ際には高いクオリティを求められ、今後は介護施設が今以上に“選ばれる”時代に切り替わっていくでしょう」
島田さんは「おそらく、これからも基本報酬は下げられる一方」としたうえで
・看護力やリハビリ力を高めることで、現在行っている難病の人(医療保険適用)の対応をさらに広げ、介護保険に依存しない独自サービスを確立していくこと
・看護師やリハビリスタッフへも協力を仰ぎ、生活や買い物支援などを一緒に実施していく、社会の困りごとを総和で解決していく組織を目指しています。
「会社としては、介護・看護・リハビリ三位一体となり同じベクトル、共創の心でやっていくという未来像を持っています。もちろんそれに見合う賃金体系の差別化をつけていくことも課題です。2040年までに独自サービスを確立し、この混迷の時代を職員と共に生き抜くため、利他の心で関係性を築くことがもっとも大切だと思っています」
(取材・文 / 津野紗也佳)