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“手作り漬物”が買えなくなる…法改正で6月から販売やめる生産者が続出 岐路に立つ日本の食文化

2024年5月31日 19:00
“手作り漬物”が買えなくなる…法改正で6月から販売やめる生産者が続出 岐路に立つ日本の食文化
30年にわたって手作り漬物を販売してきた農家・大野初子さん

食品衛生法の改正で、6月から漬物の製造販売が許可制となります。厳しい衛生管理基準を満たす施設の設置が義務づけられ、地元の野菜を使った漬物作りを楽しみとして続けてきた人たちの多くが販売を断念しています。

愛媛県松山市にある「浄瑠璃菜菜市」。地元の朝採れ野菜や果物が並び、生産者の女性グループが交代で運営しています。3軒の農家が出していた漬物は6月以降なくなるといいます。

大野初子さん(89)もこの市場で約30年にわたって毎日、旬の野菜の漬物を販売してきました。年間20万円ほどの売り上げがありましたが、5月いっぱいで販売をやめることにしました。

「うちは別棟に作業台や手洗い場はあるけど、新たに許可がいるといわれて、年も年だし手続きもややこしいし、もうこれを区切りにしようと。常連さんもいて、続けられる限り販売したいと思っていたけど…お金じゃないのよね。これからはご近所や親せきにあげるくらいにするつもり。時代の流れとはいえ、寂しいね」

改正食品衛生法の猶予期間が5月末で終了

これまでは届け出制だった漬物の製造販売。2021年施行の改正食品衛生法で、営業許可を取得した業者や生産者でなければ出荷できなくなります。3年間あった猶予期間も5月末で期限を迎えます。

厚生労働省が法改正に乗り出した背景にあるのは、2012年に北海道で発生した集団食中毒。食品会社が製造した白菜の浅漬けが原因で8人が死亡しました。

松山市衛生検査課によると、許可を受ける主な要件として「住居とは別の製造専用の部屋、野菜などの食材用と手洗い用の2つのシンクが必要」とのこと。このほか、水道は手で触れないレバー式などのもの、温度計付きの冷蔵庫の設置などが求められます。

道の駅・産直市では半数から9割が漬物の出品とりやめ

松山市の道の駅「風早の郷 風和里」でも7人のうち、4人が漬物や梅干しの販売を取りやめます。駅長の吉田勇二さんによると、新たに許可を取った生産者は1から設備をそろえるのに150万円~200万円ほどかかったとのこと。高齢の農家が多い中で、今からそんなお金をかけられないという人ばかりだといいます。

「奈良漬けなんかは即完売するほど人気で、農家さんもいつも自慢げに並べてくれていたんです。うちは地元の特産、個性あるものを売るのが本分なので非常に残念。もちろん安全第一なのは仕方ないが、なんとか伝統の食文化と両立させていくのは難しいのでしょうか…」

また、松山市の産直市「太陽市」や大洲市の道の駅「内子フレッシュパークからり」でもほとんどの生産者が漬物販売を取りやめ、販売数は8割~9割ほど減る見込みです。

こだわってきた自家製の味 継続を決めた生産者は

風和里にたくあんを出品している松山市の越智基康さん(80)は、元々住居とは別に作業場を設けていたため、新たに室内にシンクを2つ設置することで許可を取得できました。

「うちのたくあんは甘口で『楽しみにしとるよ、辞めたらいかんよ』と言ってくれる人もいて、その言葉を励みに続けないかんと思いました」
「許可制になるのは仕方ない気持ちはあるけど、今回の改正はかなり厳しいですね。図面を描いて保健所に持っていきました。うちは作業所の外に大きいシンクがあるのに、中に2つ必要なんだと言われて…10万円くらいの費用で済みましたが。まわりの方はみんな辞めてしまいましたよ」

5月27日現在、松山市内で漬物の製造販売の許可を取った事業所は26件。愛媛県全体(松山市以外)では112件となっています。

微生物による食品発酵に詳しい愛媛大学の阿野嘉孝准教授は「色んな方が漬物を自由に作れる環境で、専門知識が無い方がやることによって食中毒がおこりうる。それを規制したいのが今回の背景にあります。かといってきちんとできている方にも厳しく、作れなくなるというジレンマ」とした上で、次のように話します。

「発酵食品は地域に密着して、試行錯誤から生まれた技術が家々で継承されてきた。ひとつ事故が起こるとみんな規制になってしまう。一斉に線引きするのでなく、事故が起こらないようここに注意しましょうと、漬物樽の殺菌方法など改めて行政が指導に入るとか、何か助け舟が出せないものかと思います」

(取材・文 / 津野紗也佳)