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【解説】“最低賃金1500円”めぐり「払えない企業は駄目」「物事自体が矛盾している」経済界の異なる意見を読み解く

2024年10月19日 7:00
【解説】“最低賃金1500円”めぐり「払えない企業は駄目」「物事自体が矛盾している」経済界の異なる意見を読み解く

■「払えない企業は駄目」経済同友会・新浪代表幹事は最低賃金引き上げを早期に望む

今月27日に予定されている衆議院議員選挙の争点にもなっている、物価高対策や賃上げ。多くの政党が掲げているのが「最低賃金の引き上げ」だ。特に「1500円」という数字を明記している政党が目立つ。ただ、この1500円という額については、一部の中小企業経営者からは「製造もコストカットしながらやっているので、人件費については価格転嫁できないと、やっていけない」との本音も聞かれる。

こうした中、「払えない企業は駄目」と厳しい声を上げたのが、企業経営者が個人として参加する経済団体である経済同友会の代表幹事・新浪剛史氏だ。

18日の会見では「(賃金の引き上げを)できない企業は退出する。しかし、それを払える企業に移る方が間違いなく人々の生活は上がる。払えない企業は駄目だ」と強く主張。数千件の企業が倒産していても、失業率が下がっていない、つまり賃上げできない企業が倒産しても、そこで働いていた従業員は高い賃金を払える企業に移ることができていることを論拠としている。新浪氏は「やるなら今しかない」として、早期の引き上げを望む考えを示した。

■“できる経営者”の元に人を集めるべき 日本経済成長のための中小企業強化を

実は、新浪氏の主張は、賃上げできない中小企業は倒産するべきだということではない。日本の労働者の7割が勤める中小企業こそが日本経済を支えるとも語っている。そのために、賃上げを行うことができる企業の“できる経営者”の元に人を集める「合従連衡」をするべきだという。今のままでは、こうした“できる経営者”は、やる気をそがれてしまい、中小企業は良くならず、地方創生は起こらないとしている。

そして、「人を大切にするということは、やはり最低賃金を上げることになる」と語り、最低賃金の引き上げによって、企業は目標を持って賃上げを行う努力をすることになり、その結果、人々はより高い水準の賃金で働くことができるという主張で、人々の生活水準の向上に主眼を置いたものであると捉えられる。

ただし、物価高に伴う原材料費やエネルギー代の高騰に加えて、賃上げにかかるコストも負担することになると、中小企業の経営努力だけでは厳しい部分もある。そのため、大企業が中小企業の価格転嫁を後押しする必要があると、新浪氏は強調している。

■「物事自体が矛盾している」日商・小林会頭は中小企業の支払い能力を考慮すべきと慎重姿勢

一方、最低賃金の引き上げをめぐり、新浪氏とは違った目線から声を上げたのが、中小企業の多くが加盟する経済団体、日本商工会議所会頭の小林健氏だ。小林氏は17日、最低賃金1500円引き上げという各党の公約について、地方の中小企業の賃上げを重視する姿勢は歓迎するとしながらも、企業の支払い能力をよく考えた上で行うべきだと慎重な姿勢を示した。

小林氏によると、地方の中小企業には最低賃金でしか人を雇えない企業も多いという。また、最低賃金が大幅に上がると、より少ない労働時間で、いわゆる“年収の壁”を超えてしまうことから、労働時間自体を減らす従業員が増えるとの指摘もある。

そうなれば、企業は人手不足になり、やがて倒産に追い込まれる中小企業が出てきかねない。地方では中小企業がインフラを担っていることが多いため、倒産が増えると、インフラの担い手が減り、地方社会そのものが瓦解(がかい)してしまう危機に陥る。

小林氏は、こうした状況になれば「各党が掲げている地方創生、地方で二極化した下の部分を支えるということに、物事自体が矛盾している」と苦言を呈した。

■政党は選挙後も「最低賃金の引き上げ」を真に実現できる政策を

小林氏のこうした主張は、経済的に困窮していて、今も物価高や人手不足に苦しむ中小企業の経営者や、地方で暮らす人々の生活を守ることに重きを置いたものだと捉えられる。「人々の生活水準を上げること」と「人々の生活を守ること」、経済界をけん引する2つの経済団体トップが、それぞれの視点で最低賃金の引き上げを論ずる姿は、これが今後の日本を左右する極めて重要な問題であり、真剣に考えている姿勢の表れであると感じる。

衆議院議員選挙まで、あと1週間余り。各政党には最低賃金の引き上げを、有権者に聞こえのいい“票集めの材料”にだけするのではなく、どのようにすれば中小企業の賃上げ負担を減らせるか、そして地方経済を活性化させていけるのか、選挙後こそ実行に移す姿勢を望む。

(経済部・城間将太)