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北朝鮮が打ち上げた“軍事偵察衛星”――その能力を検証 国際社会の新たな脅威となるか?

2023年12月30日 8:00
北朝鮮が打ち上げた“軍事偵察衛星”――その能力を検証 国際社会の新たな脅威となるか?
衛星の管制所を視察する金総書記

2023年11月に軍事偵察衛星を打ち上げた北朝鮮。衛星は軌道に入り、“アメリカのホワイトハウスなどの撮影にも成功した”と主張している。果たして、その精度はどの程度なのか? さまざまな角度から検証してみたい。

■“約束”を破って強行したワケ

23年11月21日、午後10時40分すぎ。北朝鮮は国際社会に通告していた期間よりも前に、突如として偵察衛星を打ち上げた。事前に通告されていたのは「11月22日から12月1日」。その開始の1時間半ほど前に、打ち上げに踏み切ったのだ。ある意味で国際社会のウラをかくかのように強行された。何事でもウラをかきたい北朝鮮の“常とう手段”にも見える。

しかし、北朝鮮としては弾道ミサイル技術が用いられているとして、衛星の打ち上げに懸念を示す国際社会に対し、自らの正当性を強調するため、正常なプロセスを経て衛星を打ち上げているということを訴えたかったはず。にもかかわらず、なぜ自ら約束を破るような形で打ち上げを断行したのだろうか。

理由を探ると、北朝鮮の衛星保有の“悲願”、そして、韓国への対抗心が透けて見えてきた。

韓国軍関係者によると、今回、衛星の打ち上げを通告していた期間中は、初日の11月22日明け方から数日、天気が崩れる予報だったという。北朝鮮は23年、2度も打ち上げに失敗し、成功が見込まれるタイミングに一刻でも早く打ち上げたかったのではないかと分析されている。

また、韓国も当時、11月30日に初の軍事偵察衛星を打ち上げる計画をしていた。韓国メディアによると、北朝鮮の高官が「韓国より先に打ち上げろ」などと指示を出していたという。

2度の打ち上げ失敗と、迫る韓国の衛星打ち上げ。成功が見込まれれば、一刻も早く打ち上げたかった北朝鮮当局の切実さがうかがえる。そんな“悲願”の衛星の能力は、いかほどなのだろうか?

■異例の頻度での“撮影”報道 垣間見えるものは…

北朝鮮は今回の衛星を通じて、さまざまな場所を“撮影した”と主張している。その撮影対象は「アメリカ軍の基地」や「ホワイトハウス」「アメリカ国防総省」など多岐にわたる。ほとんどがアメリカに関係する場所だが、中にはなぜか「イタリア・ローマ」など、撮影理由がよくわからない地域も…。

北朝鮮が衛星からの撮影について国営メディアを通じて報じたのは、23年12月18日時点で合わせて6回。“異例”ともいえる頻度で報じていて、衛星を保有できたことが、いかにうれしいのかが垣間見える。

ただ気になるのは、北朝鮮が打ち上げたあの衛星で、本当に撮影ができているのかということだ。実は“衛星で撮影した”という写真は、まだ1枚も公開されていない。

北朝鮮は、撮影時刻を秒単位で伝えていて、リアルタイムで撮影できていることを強調する狙いがあるとみられる。韓国メディアによると、韓国軍が捕捉している衛星の軌跡と一致していて、北朝鮮の主張は概ね正しいとみられている。

■“動向”までは把握できず?

では、偵察衛星はどのくらい有用なのか? アメリカ軍によると、北朝鮮の衛星は約1時間半で地球を一周している。この情報だけ聞くと、一見、かなり頻繁にいろいろな地域の情報を捕捉できている気もするが、自衛隊関係者によると、この衛星である特定の地域を撮影できるのは、1日に2回ほどが限界だという。

つまり、現状は北朝鮮がリアルタイムにアメリカ軍などの“動向”を把握することはできないことがうかがえる。こうした状況を乗り越えるためか、北朝鮮はすでに衛星を追加で打ち上げる方針を示している。

■“衛星”写真…撮影するカメラの性能は?

次に、衛星写真を撮影するカメラの精度は、どの程度なのだろうか? 北朝鮮は衛星で撮影した画像を公開していないため、正確に把握することは難しい。ただ、その精度を推測できる情報がある。

23年5月、北朝鮮が衛星の打ち上げに失敗した際、韓国軍は海に落下した残骸を回収した。韓国の情報機関・国家情報院が、これらの残骸を分析したところ“サブメーター級”の性能は持ち合わせていないと判断されている。

サブメーター級とは、偵察衛星に必要とされるカメラの解像度で、「少なくとも縦横1メートル未満の物体を識別できる」ことを示す。その性能が少なくとも23年5月の時点では備わっていなかったというのだ。

韓国メディアによると、引き揚げられた残骸を確認したところ、衛星に取り付けられていたのは「日本製のデジタルカメラ」であったことが分かったという。しかも、すでに生産が終わっている旧式で、解像度は、拡大装置を使っても、最高で5メートル程度だと伝えている。こうした状況から“サブメーター級”には、ほど遠いことがうかがえる。

これらの分析を踏まえ、北朝鮮の衛星に脅威はないのだろうか? 日本の防衛省関係者によると、「ないとは言えない」のだという。

■失敗で得た経験値…新たな脅威の“一歩”

北朝鮮はこれまで核ミサイル開発をめぐっても、失敗を続けてきた歴史がある。その失敗を経て、いまや「火星17」や「火星18」というICBM=大陸間弾道ミサイルを複数、保有するようになった。

今、地球の軌道上にある衛星だけでは脅威にはならないかもしれない。ただ今回、北朝鮮が“どのように打ち上げを成功させるかの経験値”を得たことは事実だ。関係者は、これが怖いという。

今回、北朝鮮がどの程度、技術的に伸びたかは不透明だ。しかし、国の経済状況などは度外視して資金や人材を望む事業へ存分に注力できる権力体制であるだけに、関係者は、今回の“成功体験”を経て次々と打ち上げを行う可能性を危惧している。

失敗を経てICBMを得たように、気づいたら北朝鮮が衛星を駆使し、国際社会への脅威になっている可能性もあるというのだ。

かつて、かのアームストロング氏が月面に踏み出した際、「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な一歩だ」との名言を残している。

国際社会は、さまざまな形で北朝鮮に圧力をかけ続けている。今回の打ち上げ成功という“小さな一歩”が、宇宙強国を標ぼうする北朝鮮にとっての“偉大な一歩”とならないことを願いたい。