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【コラム】母と息子のイギリス・サマーキャンプ体験記 “目の色が起こした嵐”とミーム汚染【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】

2023年9月2日 19:30
【コラム】母と息子のイギリス・サマーキャンプ体験記 “目の色が起こした嵐”とミーム汚染【ロンドン子連れ支局長つれづれ日記】
サマーキャンプ最終日のファンフェア(お祭り)

約2か月間続くイギリスの長い夏休み。子どもたちはどのように過ごすのでしょうか。世界中から多国籍な子どもたちが集まるサマーキャンプで出会った個性的な子どもたちと、独特な学びをひもときます。
(NNNロンドン支局長 鈴木あづさ)

■無料のサマースクールへ 「申込用紙」を見て驚いた

暑い夏だった。ヨーロッパは地中海を中心に記録的な猛暑に見舞われ、イタリアのローマやイギリスでは6月の気温が観測史上最高を記録、1940年の最高記録を0.9度上回った。そして7月4日、世界の平均気温が17度を超え、17・04度に。NASA(アメリカ航空宇宙局)によれば、1880年以降最も高い気温を観測したとのこと。

とはいえ、シングルマザーにとって、目前の敵は暑さより、何より息子の学校の夏休みである。約2か月間もの長い休み。カレンダーで休みを合算してみると、一年のうち約半分は家にいることになる。普段は寮生活をしてくれているので仕事しやすいのだが、これからは毎日、家にいる……だけではなく、3度の食事まで作らなければならない――目の前が暗くなったところで、ご近所のアルジェリア人のおじさんが「息子が行っているサマースクールに来るかい? ランチも出るし、無料だよ」と教えてくれた。

「無料!?」と思わず叫んだ私に、おじさんも苦笑い。「そうそう、教会がボランティアでやっているから、ぜーんぶ無料。何回か公園とかに遠足に行くけど、そのときだけ一回5ポンド払えばいいんだ。今度のバザーでサインナップ(申し込み)があるけど、行くかい?」ええ、ええ、行きますとも! 張り子の虎のように首を振り、おじさんの奥さまと連れだってバザーに出掛けた。

おじさんの奥さまはヨルダン人の大柄な女性で、大ぶりのサングラスにしっかり口紅をひいた姿でぐいぐい奥に進んでいく。ふくらませたバルーンの家でぴょんぴょん跳ねる子ども用の遊具や、古式ゆかしいわたあめ製造機に混じって、古着や古道具,古本を売る店、手作りのケーキやマフィンを売る店などが軒を連ね、その一角に「サマースクールのサインナップはこちら!」と手書きの画用紙が貼られたテントがあった。

奥さまが慣れた様子で「サインナップに来ました」と声をかけると、威風堂々、肝っ玉母ちゃん風のおばさまがおもむろに顔を上げる。奥さまと目が合うと笑顔になった。旧知の仲らしく、両頬にちゅっちゅっとヨーロッパ定番のあいさつを交わしている(これはいつまでたっても日本人には少々恥ずかしい)。

やがて隣に突っ立ったままの私に気づいて「あなたも?」と声をかける。「あ、はい。半年ほど前にこちらにきた11歳の息子をエントリーしたいんですが、日頃こちらの教会に通っているわけでは……」とおずおず申告してみるものの、担当者アナさんは「全然、問題なーし!」と破顔一笑。

「はい、これ書いてね」と渡された申込用紙を見て驚いたのが「Ethnicity(民族)」の欄。アルバニア、バングラデシュ、イラン、イラクなどの国名だけでなく、ブラックブリティッシュ、ブラックカリビアン、ブラックナイジェリアンなど、「ブラック」のカテゴリーだけで5種類。そしてロマ民族、その他のブラック、その他のミックス…など、ありとあらゆる人種が網羅されている。最後には「Prefer Not To Say」(言いたくない)の欄まで。その数、実に32種類。多民族国家ならではの充実ぶりに驚く。

保護者の欄も、「Emergency Contact1,2」と書かれていて、必ずしも親である必要はないという書き方になっている。長い複雑な歴史をくぐり抜けた結果、現代のイギリス社会が多様性を包含する社会になっていることが申込用紙からも読み取れる。

   ◇

とはいえ、このサマースクール、困ったことに8月に入らないと始まらない。夏休みは7月初旬から始まる。それまでどう埋めたものか……と困り果て、泊まりがけの出張取材も予定されていたので、仕方なくドーセットという港町にある広大なキャンパスに2週間泊まりこむサマーキャンプに申し込んでみた。先の教会とは違って、目の飛び出るようなお値段である。

■多国籍な子どもたちと“初めてのお泊まり”

初日、息子が「せっかく家に帰ってきたっていうのに、また寮?」と嫌がるのを追い立てながらキャンパスにたどり着くと、300エーカー(東京ドーム約26個分)という広大な敷地。どこにめざす寮があるのか、さんざんさまよった挙げ句、たどり着いた先に、背中に巨大なサルのぬいぐるみをくくりつけた男の子が所在なさげに立っていた。そばには宝飾品を全身にまとった(としか形容しようのない豪華絢爛ないでたちの)女性が心配そうに付き添っている。案内が来るまで、何となく2人の隣で待っていると、女性が不安そうな表情で話しかけてきた。

「この子、ハムザって言います。10歳なんですけど、初めてのお泊まりで心配で…」

サウジアラビアから来たという2人。お母さんはドーセットから車で3時間ほどのロンドンで旅行を楽しみながら、別のサマースクールに入れた娘とハムザ君とを2週間ゆったり待つらしい。なんともうらやましい境遇である。ハムザ君のお母さんは「何かあったら飛んで来られるし、嫌がったらすぐに連れて帰れるし」と気が気じゃない表情。「同学年なんだし、仲良くしなさいよ」と息子に言い含めたものの、少年らは2人とも「ハロー」と言ったきり、突っ立ったままもじもじしている。

まあ、男の子なんてそんなもの……とそのまま放置して帰ってきたのだが、その晩、さっそく息子から電話がかかってきた。「ハムザが泣き止まない。どうしたらいい?」。「あんただって最初に寮に入った時、そうだったでしょ。同じ道を通っているんだから、励ましてあげなさい」と答えると、「僕もそんな感じで慰めてみたんだけど、全然聞こうとしない」。うーむ、ハムザ君、重症か……とにかく、「仲良くして、様子をみて、困ったことがあったら手助けするのよ」としつこく言ったものの、その後、自分の出張も重なり、サマースクールの様子を聞けずじまいだった。

■模擬国連と「ミーム汚染」 “真実かどうか”より優先されるのは… 

2週間後、息子を迎えに行くと、さまざまな子と抱き合って別れを惜しむなかに、あのハムザ君がいた。帰り道、「ハムザ君、元気になって良かったね。すっかり仲良しじゃん」と息子に言うと、「そうでもない」と複雑な表情。実は「結構シリアス」なけんかをしたのだという。

世界各国から子どもが集まるサマースクールらしく、授業の中で模擬国連が行われたらしい。生徒は10歳から16歳までと幅広い。そこで、ウクライナの戦争について話し合った際、息子は他の多くの子たちといっしょに、「ロシアは今すぐに戦争をやめるべきだ」と主張したとのこと。ところが、ロシア出身の男の子は、「これはウクライナをネオナチから守る戦いで、正しい戦争なんだ」と主張した。他の子たちが「それはプーチンが言っていることで、正しくない!」と一斉に攻撃。ロシアの男の子はもう必死の形相で、「間違ってない! 僕は学校でそう習った!」と繰り返し、ハムザ君もそれに同調したのだそうだ。

息子たちは寮の部屋に帰ってからも、同室のハムザ君に「ロシアで言われていることは間違っているんだ。本当はロシアが侵攻しているんだ」と説得しようとした。それでもハムザ君は納得しない。「YouTubeで同じことを見た」と主張し、議論は平行線をたどったのだそうだ。

夏休みの息子を見ていても、今の子どもたちはほとんどの情報をネットから得ている。我が家の愚息も、もはや「YouTubeを見る虫」と形容してもいいほどに、iPadにかじりついて離れない。親たちの間でも、とりわけ心配の種になっているのが「ミーム汚染」とでも言うべき現象だ。

「ミーム(meme)」というのは、広い意味を包含していて、文化や習慣を指すこともあるが、ネット限定で言えば、面白い画像や動画がどんどん拡散されていくこと。写真や動画にちょっとシュールだったり、シニカルだったり、面白いコメントを入れたりしているものが「バズりやすい」ようだ。

こうしたものを通じて、若者の間にある種の概念や行動、スタイルなどが伝搬されていく。そこでは“真実かどうか”より、“面白いかどうか”が優先される。

息子の学校でも画像や動画を共有する「スナップチャット」というアプリがはやっていて、横からのぞくと、親が顔をしかめたくなるようなものでゲラゲラ笑っている。イギリスのZ世代の間で定番ともいうべきこのアプリ、設定した時間がたつと投稿は自然に消えるので、履歴が残らないのが特徴だという。残らない分、気軽にいろいろなことを投稿してしまうところにいじめなどにつながる怖さも潜んでいると思ってしまうのは、オバサンの杞憂(きゆう)だろうか?

ともあれ、10歳や11歳のけんかは後をひかない。息子いわく「ハムザも僕も、仲良しのユーロワイやウクライナの友達と一緒にいつも遊んでた」という。「ユーロワイ」とはなんぞや?と後日、検証したところ、「ウルグアイ」であることが判明。近所のパブのお兄さんに「ウルグアイ」を発音してもらったところ、確かに日本人の耳には「ユーロワイ」に聞こえる。

■“目の色が起こした嵐”「青い目の子は好きなことをして…」

息子はこの13歳の「ユーロワイ」2人組をいたく尊敬している。ある日、こんな授業があったのだという。先生が突然、こう宣言した。「この授業では、青い目の子はみんな好きなことをして、外に出て好きな遊具を使って遊んで良いですが、茶色い目やそれ以上、濃い色の目の子は、外に出て遊んではいけません」「次の授業では、茶色い目やそれ以上濃い色の目の子は好きなことをして良いですが、青い目の子は遊んではいけません」

これは調べてみると、アメリカで人種差別撤廃を訴え、公民権運動を主導したマーチン・ルーサー・キング牧師の死をきっかけに、アイオワ州のジェーン・エリオットという女性教師が小学校3年生に向けて行った実験授業を模したものだった。この授業については当時、賛否両論が巻き起こり、「目の色が起こした嵐」などと形容された。“上位”と認定された集団が傲慢(ごうまん)になり、“下位”とされた人たちを支配しようとする過程などがドキュメンタリー番組にもなった。

実際、息子たちもその番組の映像を授業の中で見たらしい。サマースクールの子どもたちは当然、この教師の提案に対して、「アンフェア(不公平)だ!!」と大騒ぎした。差別する側、差別される側の双方に立たせてみること、実体験として、差別を感覚的にわからせることを目的にしているのだろう。

ところが、その中で「ユーロワイ」のうち1人の子が「別に順番なんだからいいんじゃない? 遊べる時間を同じ分数に設定すれば公平でしょ?」と意見した。これに息子はいたく感じ入ったのだそうだ。いわく、「この授業は『差別や不公平がどんなものか』って僕たちにわからせることが目的だって分かってたから『不公平だ』って言ったけど、彼はそんなの気にせずに、自分が思ったことを言った。そういうのが言えるのはすごいと思った」

「で、あんたはそれに賛成したの?」と聞いてみると、「ううん」と首を振った。「僕はやっぱり『不公平だ』って言い続けた。心の中では『同じ時間に設定するならいいのかも』ってちょっと思ったけど、やっぱり先生が少し不満そうな顔をした気がして、彼に賛成できなかった。みんなも賛成してなかったし……」と力なく言った。

先生が“不満そうな顔をした気がして”……長く「忖度」文化のなかで生きてきた日本人らしい反応だ、と思わず苦笑する。教師が授業を通して生徒に何を分からせようとしているのか、それを先回りして想像し、最適解を出すということに慣らされてきた息子は、「教師が望んでいない意見」を表明することに及び腰になったのだろう。

「でも、すごくイギリスっぽいな、と思った」という息子に、「でもインターナショナルな子が集まってたわけでしょ?」と返すと、「みんな自分の国では言えないことでも、ここでは言っていいって感じがあるじゃん。うちの学校でも、ディベートしたり、生徒が意見を言ったりする時、先生は『それは間違いだ』とか『これが正解だ』とか絶対言わないから」

なるほど、2週間のサマースクールでいろいろ目に見えないお土産を持って帰ってきたようだ。息子は友達のサインが表裏いっぱいに書かれたTシャツを広げ、「見て見て、これはね…」とうれしそうに説明した。

■予想外の“お土産”にため息…

ところが、“お土産”はこれだけではなかった。帰宅後、息子の頭に違和感を覚え、動きを止めた。「ちょっと頭、よく見せて!」 なにやら極小の白いものが髪の毛にちらほら見えるではないか!?

ああ……と脱力する。ボーディングスクール名物、「シラミ」に違いない。さっそく近所の薬局に連行すると、薬剤師さん、「ああ、シラミの卵だね」と苦笑い。「これ、頭皮に塗って10分置いて、よーくシャンプーして、目の細かいクシでといてやってね」と、6ポンド99ペンスのシラミ除去セットをくれた。

翌日からは教会のサマースクール。みんなにうつしてしまう前にシラミ除去作戦を決行しなければならない。ものすごいにおいのローションを盛大に頭に振りかけていると、息子がぼそっとつぶやいた。「ハムザ、来年も来るかな……」

来年は無料のサマースクールだけで勘弁してほしいとは言えず、言葉に詰まる。そうだね、会えたらいいね。答えの代わりに、ローションを塗り込む手に力を込めた。

   ◇◇◇

■筆者プロフィール

鈴木あづさ
NNNロンドン支局長。警視庁や皇室などを取材し、社会デスクを経て中国特派員、国際部デスク。ドキュメンタリー番組のディレクター・プロデューサー、系列の新聞社で編集委員をつとめ、経済部デスク「深層NEWS」の金曜キャスターを経て現職。「水野梓」のペンネームで日曜作家としても活動中。最新作は「彼女たちのいる風景」。