“プーチンが最も恐れる男”「ナワリヌイ」映画公開~市民型調査報道とメディア戦略
ロシア‟反体制派”ナワリヌイ氏のドキュメンタリー映画が6月17日、公開されました。
旅客機の中で“毒物”を盛られ、一命をとりとめたナワリヌイ氏は“反プーチン”を掲げて積極的なSNS発信をしてきました。映画は、ナワリヌイ氏の巧みなメディア戦略と、調査団体「ベリングキャット」による“追及する力”が合わさり、壮絶な暗殺計画の真相を追う様子が描かれています。“プーチンが最も恐れる男”と評されたこともあるナワリヌイ氏の姿は、ロシアによるウクライナへの侵攻が続く状況のなか、どう映るのでしょうか?
■自ら電話・巧みな戦略と発信力
映画は冒頭、ナワリヌイ氏に「もし殺されるとしたらロシアの人々にどんなメッセージを残すか」と聞くところから始まります。ナワリヌイ氏は野党勢力の指導者としてプーチン政権を批判、SNSで発信するほか、大規模なデモを呼びかけてきました。2020年8月に旅客機内で“毒物”を盛られ意識不明の重体となります。
しかし、ロシアの病院からドイツの病院に転院すると、治療を受け回復する様子をSNSで発信。2021年1月にはロシア当局による帰国・出頭命令で帰国、拘束される様子も大々的に報じられました。拘束されたあとも“プーチン宮殿の動画”を流すなど、強い発信力を誇ります。
映画では、その“発信力”に迫るとともに、強力な協力者の“調査力”で“毒殺未遂”裏側を追っています。
■あの調査団体から始まった
ダニエル・ロアー監督によると、撮影のきっかけはイギリスの調査団体「べリングキャット」が“毒殺未遂犯”の手がかりをつかんだとの情報から始まったと言います。監督はナワリヌイ氏に映画製作を打診。すぐに趣旨を理解したというナワリヌイ氏とともに映画は展開します。
どう追及したのか?観客は映画を通して疑似体験できます。
「べリングキャット」とは「猫に鈴をつけようとするネズミ」。つまり巨大な権力に立ち向かうという意味。世界中にいる市民ジャーナリストらで構成され、オープンソース(=公開されている情報)の収集と分析、そしてロシアなどで積極的に売買される個人情報やデータを使い、数々の真相を暴き続けてきました。
ベリングキャットのメンバーは映画の中で「フェイクニュースがあふれる時代の情報源は、人ではなくてデータ」と語ります。今回も猛毒ノビチョクが製造された工場の所長にかけられた電話の持ち主と、その行動を突き止めます。そのなかでナワリヌイ氏が旅客機に乗った出発地に事前に向かう記録にたどり着きます。そして調査結果とともに調査“過程”をナワリヌイ氏と公表しています。
なおノビチョクが製造された工場は過去の調査で「表向きはスポーツ飲料の工場」だと言います。
映画では描かれていませんが、猛毒ノビチョクが使用されたとされる2018年英国での事件で、指名手配されたロシア諜報機関の男たちを特定したのも、ベリングキャットでしたが、男らは無実を訴えようとロシアのテレビで「スポーツ飲料メーカーに勤めている」と語っていました。ナワリヌイ氏との共通点も浮かび上がっているのです。
■暴かれた驚きの“計画”と狙い
映画で特筆すべきなのはナワリヌイ氏が“毒殺”を命じられたとされるロシアの諜報機関関係者に自ら電話をかけ「なぜ殺そうとしたのか」と問う場面です。最終的に科学者が、驚きの“暗殺未遂計画の詳細”を語る場面が動画で収められているのです。
こうした調査報告が公表されると世界中で報道されます。記者会見で「捜査しないのか」と問われたプーチン大統領は「カラクリは分かっている、米CIAの手先だ」と、名前を避けて言及。「毒殺されるべきならとっくに毒殺されている」と話します。
ロシアによるウクライナ侵攻を「愚かな戦争」と批判したナワリヌイ氏。現在は強力な監視体制が敷かれた刑務所に収監され、しばらく釈放されることはないとみられています。
ロアー監督は「人々が目をそらし、注意を払わなくなってしまったら、悪人が勝利するのだということを覚えておいてもらいたい。(彼は)私たちに消極的ではいけないのだと思い起こさせてくれます」とコメントしています。同時にナワリヌイ氏について「巧妙なメディア操作を行う人物のドキュメンタリーを作る時、どのように取り扱うべきか悩んだ」として客観視し相対化に努めたといいます。
巨大な権力に立ち向かう姿は、日本の隣国ロシアを知る一つの材料となりそうです。
※6月17日(金)より新宿ピカデリー、渋谷シネクイントなどで公開