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【解説】「台湾人」が選ぶ未来 総統選挙の情勢は…残り3か月の注目点

2023年9月28日 7:00
【解説】「台湾人」が選ぶ未来 総統選挙の情勢は…残り3か月の注目点
CTI / 民衆党公式YouTubeより

来年1月13日の投票日まで残り3か月あまりとなった台湾総統選挙。東アジア、そして世界に大きな影響を及ぼす選挙戦の現状はどうなっているのか。台湾政治研究者で東京外国語大学名誉教授の小笠原欣幸氏に話を聞いた。(聞き手 国際部・坂井英人)

 ◇◇◇

■総統選挙 主要候補の顔ぶれ

台湾総統選挙が2024年1月13日に実施される。およそ1950万人の台湾の有権者が今後4年間を託すリーダーを自らの手で選ぶことになる。

主要候補は、対米関係を重視し、蔡英文政権の継承を掲げる与党・民進党の頼清徳候補。そして対話を通じた中国との緊張緩和を掲げる最大野党・国民党の侯友宜候補と、二大政党の対立を批判し「中間路線」をアピールする民衆党の柯文哲候補だ。さらに8月にはホンハイ精密工業創業者の郭台銘氏が無所属での立候補表明に踏み切った。

9月22日、長年台湾の政治と選挙を研究してきた小笠原欣幸氏に選挙戦の現状を聞いた。

■リードを続ける民進党・頼清徳氏

Q 選挙戦の現状について教えてください。

「8月以降は民進党の頼清徳氏のリードが固まる展開になっている。ただ台湾の世論調査(民調)は数多くあり、頼氏のリードが大きいものも、それほどでもないものもある。まだ断言するには早いという状況だ」

「台湾民衆党の柯文哲氏と国民党の侯友宜氏が2位、3位を争っていて、世論調査によって順位は入れ替わり、変動がある。頼氏はどの調査でも1位という状況なので、このままゴールするという可能性も高まってきている」

「この主要候補3人に割って入ろうとしている郭台銘氏は支持率があまり伸びていない。社によって違うが、良くても10%、最近だと6%というのも出てきていて、人気が高まる状況ではないという傾向ははっきり出てきている」

■有権者の関心「外交」なら与党に、「内政」なら野党に追い風

Q 頼氏がリードを固めた要因は?

「8月に頼氏が南米パラグアイを訪問し、その前後でアメリカに立ち寄ったことで話題が集中したことが1つ。中国がそれに対する対抗措置として軍事演習を行った。台湾の有権者からすると、アメリカと中国との関係がどうなるのかということを考える契機になった。やはり蔡英文総統が8年やってきた(対米関係を重視する)政策を継承する頼氏がいいのではないかとの認識が広がったのが頼氏の支持があがった要因だと思う」

「一方、民進党政権が長く続き腐敗や汚職、非効率などといった内政の問題がクローズアップされてきており、政権交代を掲げる野党陣営からするとその訴えが響きやすい。つまり、対中関係という国際情勢に関心が集まると民進党に比較的支持が集まりやすく、内政に関心が集まると野党に支持がいきやすいという状況」

■キャラクターが魅力の柯文哲氏、「失言」と隣り合わせ

医師出身で台北市長も務めた柯文哲氏は、政治家らしくない率直な物言いで特に若年層の男性から人気が高い。

Q 柯文哲氏については?

「振り返れば頼氏がリードを保っていたが、6月、7月は柯文哲氏の人気が高まり、頼氏に迫っていた。柯氏の一番のアピールは『国民党、民進党の二大政党の硬直した対立構造を乗り越えよう』というもの」

前述のように、8月には対外関係に関心が高まり頼氏の支持につながったが、柯氏の支持が伸び悩んだのは他にも理由があるという。

「柯氏がそもそも人気が出ている理由には話の面白さがあるが、それは失言と非常に裏腹の関係で、7月に失言が結構重なり、支持率が下がる傾向にあった。9月になってみると柯氏も気をつけていて、失言は減っている」

台湾メディアによると、柯氏の「失言」にはこんなものがある。柯氏は資金集めの一環で、自身が歌い踊るコンサート「KP SHOW」(KPは柯氏のニックネーム)を開催している。7月に台北市が管轄する「台北流行音楽センター」で開催しようとしたところ「政治活動には使用できない」との規定を理由に許可が下りなかった。

これについて公の場で不満を述べ、「こんなことは皇帝まで計らなくとも、宦官がどうにかできる(通常這種事件,太監就可解決掉,不會到皇上那裡)」と発言した。国民党の蒋万安台北市長を皇帝に、施設側を皇帝に仕える宦官に見立て、蒋市長が妨害したと示唆した発言は「侮辱的だ」と批判され、後に謝罪に追い込まれた。

「(柯氏が2019年に結党した)民衆党は新しく、地方組織もすごく弱い。(総統選挙と同日に行われる)立法委員選挙では選挙区が73あるが、候補を立てられたのは今のところ10選挙区だけ。総統選挙と連動させて勢いを作り出したいがそれもできない。それを考えると柯氏の支持率はもっと下がってもおかしくないが、20%前後で踏みとどまっており、基盤がない割には底堅いというところもある」

■総統選挙敗北でも議会で躍進か

総統選挙と同じ日、国会議員にあたる立法委員選挙(定数113)も行われる。こちらの行方も無視できないという。

Q民衆党は選挙区の候補者擁立に苦労している?

「規定上、10の選挙区は(候補者を)立てないと、比例区に名簿を提出できない。ただ、(民衆党の候補が)選挙区で激戦を演じられるような候補かというとそういうわけでもない。地方組織が弱いところがすごく出てしまっている。ただ民衆党の現有の5議席はすべて比例で得ている。今回それを倍増しそうな勢いだ」

「11議席とる可能性があるし、少なく見ても8議席。とにかく今より伸びるのは確実。民衆党が8議席とるとするとその時点で民進党が過半数割れしている可能性が非常に高い。つまり、(総統選挙で敗北しても)柯氏が立法院でキャスティングボードを握る可能性がかなり大きく、今後4年間、相当な影響力を行使できることになる。そういう意味でも柯文哲氏は要注目の人物だと言える」

Q 民進党が立法院で過半数を割り込む?

「民進党が過半数をぎりぎりで維持する可能性はまだ残っている。確率で言うのは難しいが、過半数を維持できるかは五分五分だとみている」

「選挙区のうち、7つ8つが(民進党と国民党のどちらがとるか)もう全然わからない。日本の衆議院(定数465議席)で考えると4倍にあたるので、7,8議席の4倍(=約30議席)が当落線上で争っている状況。これがどっちに転ぶかはすごく大きい」

「(国民党が善戦し、民進党を過半数割れに追い込めば)総統選挙で負けても国民党が立法院で勢いをつけるというシナリオもあり得る。そのときに民衆党の柯文哲氏と組めれば野党連合が与党を上回り、民進党からすると一番嫌なシナリオになる」

■台湾議会の「ねじれ」が米中関係にもたらす影響

「(民進党が少数与党になり)予算が通らなくなると、アメリカの台湾への武器売却が進まなくなる。予算の裏付けがなくなり買えなくなってしまう。これはすごく大きい。」

「あるいは対中関係を動かすような法律が出てくることもあり得る。総統選挙だけでなく、立法委員選挙も重要だ」

■「野党統一候補」狙う郭台銘氏は

8月に無所属での出馬表明を行った郭台銘氏。無所属で出馬するには前回(2020年)の総統選挙の有権者数の1.5%(約29万人)の署名を集めた上で、11月20日から24日の間に立候補登録をする必要がある。

Q 郭氏の状況は?

「郭氏は出馬の時、自分が出るのは野党陣営を統合するためだと述べたが、これは自分が野党統一候補になり他の候補は自分をサポートせよという、かなり自分に都合のいい出馬理由を述べている。今は野党の2政党(国民党・民衆党)とも郭氏を相手にしないという態度に出ている」

「郭氏は資金力があり、署名集めの事務所を開き、バイトの学生なども集めているが、それだけで支持を拡大できるほど台湾の選挙は甘くない」

■「強い執着心」で出馬か

Q 郭氏はなぜ苦戦している?

「郭氏の主張が他の3人からすると親中色が強いというのがある。(台湾の独自性を重視する)台湾アイデンティティーが広がる今の台湾社会で、『中台関係を重視する』『中国とうまく話をつける』という郭氏の言い方ではやはり疑問視される。『それって結局中国共産党の言い分をのまされるのでは?』と。そして郭氏自身がそこ(有権者の懸念)をあまりわかっていない」

「(中国との関係の深さから)郭氏が出てきたことを日本で『中国共産党が裏で操っているのだろう』とネットでつぶやく人もいるが、今回に関してそれは違う。では郭氏はなぜ出てきたのかというと、どうしても台湾の総統になりたいという個人的な野心、政治の分野でも一花咲かせたいという強い執着心があって出てきたとみている」

■立候補断念も?

「鍵となるのが11月に郭氏が本当に立候補登録するかだが、今のままでいくと登録ができなくなる可能性もあると私は見ている。仮定としてこのまま支持率が上がらないとすると、そしてそもそも野党連合を進めるために立候補したと言っているのに柯文哲氏からも侯友宜氏からも相手にされていない。(この状況では)何のために出るのかとなる。最後の段階で辞退宣言というものも可能性としてはありうる」

「それでも郭氏は意地で立候補登録してしまうかもしれない」

また、小笠原氏によると郭氏が立候補登録し、野党候補が3人になった時点で頼清徳氏の当選が「かなり確実視される」という。

■中国の「ゆさぶり」効かない台湾

Q 中国の総統選挙への姿勢は?

「中国は統一促進がもちろん第一の目標。その次の目標が民進党政権を終わらせること。それは国民党でも民衆党でもどっちでもいいというのが中国のスタンス」

「頼清徳の民進党政権が続くとまずいというふうに台湾の有権者に思わせたい。8月に頼氏の訪米をきっかけにした軍事演習を行い、その後も断続的に続けている。(台湾産マンゴーの輸入停止など経済的圧力もかけてるが)やっぱり頼氏の支持が堅調で、中国のいろんな揺さぶりがいまのところうまく効いていない」

「残り3か月となったところで中国がどのように出るのかは予断を持って言えない。非常に注視していかなければいけない点だ」

「台湾の総統選挙イヤーということで今年の中国の動きをずっと注目してきたが、(アメとムチを)出しても中途半端だし、両方出してちぐはぐな感じを与えている。これは習近平(国家主席)から明確な指示が出されていないのではないかと私は思う。トップから明確な指示が出されていないと、ああいう体制なので現場がイニシアチブを発揮して対台湾政策をやっていくということにはならない。(政権内の問題や国内経済、対外政策など)習氏も今いろんなことで忙しいから台湾政策どころではない可能性は十分ある」

「これから3か月このままでいく可能性もあるし、ある段階で習氏に『頼清徳が当選しそうだ』という報告があがり、急にすごい動きが出ないとも限らない。中国の体制そのものが絡んだ不透明感が増している」

■総統候補に中国の「本命」なし?

民進党を「外国勢力と結託し台湾独立を企てる政治勢力」とみなして圧力をかけ続けてきた中国。だが、野党候補が当選した場合の出方は不透明だという。

「頼清徳、柯文哲、侯友宜はみな本省人(1945年に中華民国が接収する以前から台湾に暮らしていた人々とその子孫)で、もちろん同じではないがそれぞれのやり方で台湾が大事だという意識を持っている。中国からすると非常にやりにくく、むしろ習近平のこれまでの対台湾政策の行き詰まりを示すような展開になっている」

「本当は(総統が)柯氏にしろ侯氏にしろ、邪魔になる。これで中台関係が安定化して穏やかな関係になるということは私はないと思う。短期的には緊張が多少緩和するかもしれないが、習近平が一国二制度による統一を掲げている以上、そして(柯氏と侯氏)どちらも一国二制度に反対している以上、台湾海峡の安定ということにはならない」

さらに小笠原氏は中台双方が「1つの中国」原則で合意したとされる「92年コンセンサス」についても、侯氏、柯氏ともにその定義や姿勢に中国との違いがあることから、「そもそも短期的な緊張緩和につながるかどうかですらクエスチョンマークだ」と補足した。

■残り3か月の注目点

Q 選挙戦残り3か月の各陣営の戦略は?

「(これまで8年ごとに政権交代を繰り返してきたので)政権交代をしたほうがいいというのは台湾の多数派の考え方。頼氏がここで勝つと今までの習慣のようなものを破ることになる。頼氏としてはそれでも民進党の継続が必要なんだということを特に国際政治との関係で訴えていくと思う」

「野党としては内政の(政権が)8年続いたことの中だるみ、腐敗や非効率が出ているのでこれを変える、これが台湾の民主主義のあり方だと言っているので、かなり厳しい攻防がこの先白熱化する」「野党としては候補が(侯氏・柯氏の)2人に分かれていると勝ち目が薄いので侯補一本化の最後の努力はこれから始まる」

ただ、「候補一本化」はどちらかが総統候補を断念することを意味し、実現のハードルは高いという。

「実現の可能性はゼロではないが、かなり小さくなってきている。もう締め切りが近づいてきている。(11月24日の侯補者確定まで)あと2か月の間に、正式な話し合いも始まってないのに、これからそれを成し遂げられるのか」

Q 最後に、日本に暮らす我々は台湾の総統選挙をどうみればよいか。

「日本の隣で、非常に活発な、民主主義の実践をすごく意識した選挙戦となっている。そもそも隣の中国が台湾の中華民国という体制を滅ぼそうと、併合しようとしている中で選挙を行い、どうやって民主主義を貫いていくかを台湾の有権者が考えている。これ自体がすごく日本にとっても見るべきところがあると思う。(台湾の)民主主義の議論を私たちは見守りたいし、それに海外から干渉するようなことがないよう国際社会と共にしっかり見ていきたい」

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