ウクライナ危機めぐり中国世論に根強い「米国陰謀論」 中国メディア戦地報道にも随所に“ロシアの主張後押し”
ロシア軍による市民殺害の指摘が相次ぐ中でもロシア批判に向かわない中国14億人の世論。市民からは「背後に米国」との陰謀論まで聞かれる。そこには「ウクライナ危機」をめぐる国営メディアなどの報道も影響しているとみられる。
■中国メディア戦地ルポ 民間施設で欧米の武器”発見”
中国国営メディアなどは連日、ウクライナ危機を伝えてはいる。それどころか、中国国営テレビの国際放送CGTNは激戦地マリウポリに特派員を派遣。親ロシア派民兵とともに東側から最前線にアプローチし、戦地の様子を配信している。
その中には記者の後ろでロケット弾が一斉発射される様子や、”Z”のマークが描かれた戦車が砲撃する様子など、西側メディアには見られない「前線のロシア側」が描かれている。さらにロシア側が制圧を進めるマリウポリでは空爆で多くの市民が犠牲になった劇場内部もレポートしていた。
ただ、そのVTRの中での記者レポートでは「ロシア軍の空爆」という点は伝えられていなかった。
また、同じく激戦が続くドネツク州マリンカで特派員は、民間施設がウクライナ軍に拠点として利用されていた場所を訪ねたとレポートしている。
「遠くに見えるのは食品加工工場で今は廃墟と化している。かつてはウクライナ軍の拠点として機能していた。反対側から行ってみよう」今は親ロシア派が制圧したという食品工場に潜入。そこでアメリカやNATO=北大西洋条約機構から流入したという大量の武器を“発見した”と伝えている。
ここでさりげなく強調されている点は、ウクライナ軍が民間施設である食品工場を拠点にしていたというロシア側の主張だ。ウクライナや欧米各国はロシア軍が民間施設を攻撃していると批判しているが、VTRでこれに対する反証が提示されている。
また、中国政府が「欧米は大量の武器をウクライナに送り戦闘を激化させている」とアメリカなどを批判しているが、この主張にも沿った内容となっている。
■中国メディア”ロシア制圧地域で平和回復”強調
「重装備の(親ロシア派)民兵たちがこの地域を横断して南下。市民たちが安堵のため息をついている」
CGTNの特派員は親ロシア派民兵が制圧したという地域も取材。ここでは民兵たちが住民に支援物資を提供したり、市民たちが復興に向けて動き出すとする様子が描かれている。
市民へのインタビューとする内容も伝えているが、私たちが連日見るウクライナでの市民インタビューと決定的に違う点は、ロシア軍の侵略やプーチン大統領への怒りの声が殆ど聞かれない点だ。
多くの民間人が殺害されたキーウ近郊のブチャにも別の特派員が入って取材しており、ここではさすがにロシア軍による殺害の証言を紹介してはいるが、記事の中では「フェイク」とするロシアの主張も併記している。
このように西側メディアと同様に戦場の様子を報道しているものの、その印象を大きく違うものに見せているように感じる。
特派員ルポはロシアとウクライナ、両者に対する批判は抑え、一見中立的な内容に見えるが、随所にロシア側の主張がちりばめられたものになっていて、今の中国政府の立ち位置そのものを反映したトーンに仕上げられている。
■「アメリカが漁夫の利」猛烈批判キャンペーンも
一方、中国でのウクライナ報道で批判の矛先が向けられているのはアメリカだ。
「ロシアとウクライナの紛争で荒稼ぎしているのは誰か」
中国共産党機関紙人民日報がSNSで公開した映像はシャンパンで乾杯するイメージ映像で始まる。この中では紛争の激化でアメリカの軍需関連企業の株が高騰し、バイデン大統領が高笑いしているような内容が伝えられている。
また、中国国営メディアは連日、ウクライナの生物実験施設に関するキャンペーン報道を展開。アメリカがここに資金を援助することで生物化学兵器の開発に関わっていたのではとするロシアの主張を取り上げた。
さらに、ウクライナのリビウにある研究施設には現地のCCTVの記者が突撃取材まで行っている。そして、制裁による食糧や燃料価格の高騰でアジアやアフリカの国々で深刻な影響が出ているとして、対ロシア制裁の負の側面を強調する報道も目立つ。
■「プーチン氏は市民傷つけていない」目立つ支持
北京市内で市民に話を聞いてみたが、ウクライナ情勢に関心がないという人と並んで、プーチン大統領への好感を口にする人が目立った。
いつも国営メディアでウクライナのニュースをチェックしているという男性は「プーチン大統領は素晴らしい。軍事施設だけを攻撃し市民を傷つけていない」と語った。ウクライナ危機そのものについては「アメリカが裏で戦争を仕掛けた」とみているという。
一方、株取引のため国際ニュースをしばしばチェックしているという男性は「必ずしもプーチン氏がやっていることが正しいとは言えない」と話し、「中国は中立な立場を取るべきだ」と語った。
もちろん、中国でもロシアのウクライナ侵攻が始まった当初は中国の学者から「プーチン大統領と手を切るべきだ」との声が上がったこともあった。しかし、ウクライナ危機に対する中国政府の姿勢が固まり、これに沿った報道が増えるにつれてこうした声は殆ど聞かれなくなったように感じる。
王毅外相は3月以降、アジアやアフリカなど各国の外相らと精力的に会談、欧米などの対ロシア制裁に参加しないという中国のスタンスに理解や同調を呼びかけた。
ロシアに対する強い制裁に踏み切っている国や地域を見ると、アメリカ、カナダやヨーロッパ、オーストラリアやニュージーランド、そして日本や韓国、台湾などを合わせても人口規模で見ると実は10億人あまり。
世界規模でのロシア包囲網が完成しているとは言い難い。中国の動きも注視しつつ、対ロシア包囲網をさらに拡げていく方策を考えていく必要がありそうだ。