学校に通いたい“医療的ケア児”を救えるか
人工呼吸器を使うなど、医療的なケアを必要とする「医療的ケア児」とその家族を支援する法律が、今月11日、成立しました。医療的ケア児はどのような支援を必要としているのか、この法律で何が変わるのか、解説します。
◆10年間で倍増した医療的ケア児
「医療的ケア児」とは、人工呼吸器を使ったり、胃にチューブで栄養を送ったりするなど、医療的なケアを日常的に必要とする児童のことを指す。
医療的ケア児の数は約2万人と推計されており、新生児医療の進歩により救える命が増えたため、この10年間で倍増している。また、かつてなら治療のために病院を出られなかったような子どもたちも、医療機器の性能向上によって在宅医療が可能となり、通学できるケースも増えている。
一方で、医療的ケア児は“新しい”タイプの障害児であるため、法律や制度がまだ行き届いておらず、自治体や事業者の理解も追いついていないといった指摘もある。
◆「学校に通えない…」医療的ケア児を救う法整備
特に問題視されているのは、「学校に通いたくても通えない」医療的ケア児が数多く存在することだ。医療的ケア児の通学には看護師などのサポートが必要だが、自治体によっては人手を確保できず、そのために通学できない子どもたちがいる。
こうした現状を変えるため、2015年、立憲民主党の荒井聡・元国家戦略担当相が呼びかけ、超党派の国会議員らによる「永田町子ども未来会議」が立ち上がった。
医療的ケア児の息子を育てる、自民党・野田聖子幹事長代行も中心となり、5年にわたる議論を経て今国会に支援法案が提出され、今月11日に成立した。
自民党・野田聖子幹事長代行
「この法律ができることで、医療的ケア児が一生懸命生きているということ、この子たちが生きていくためには計り知れない親の犠牲の上に成り立っているという不自然なこと、これをまず周知徹底していきたい」
この法律の柱は、これまで国や自治体の「努力義務」に留まっていた医療的ケア児への支援を、「責務」と格上げしたこと。さらに取り組みの強化を促す3つのポイントについて解説する。
◆ポイント1 「地域格差」の解消
医療的ケア児を支援する取り組みは、自治体によって大きな格差があるのが現状だ。たとえば、大阪府豊中市では、医療的ケアが必要な子どもも地域の学校に通うことができる。一方で、自治体によっては、希望しても地域の学校から入学を断られるケースや、特別支援学校に通っていても看護師がいないために週5回の通学が認められないケースもある。
医療的ケア児の目の前には、暮らしている地域によって人生が左右されるという、理不尽な現実が横たわっているのだ。こうした「地域格差」を解消するため、新法では、医療的ケア児が住んでいる地域にかかわらず、等しく適切な支援を受けられるようにすることを、国や自治体に促している。
◆ポイント2 「保護者の付き添い」をなくす
医療的ケア児が通学する際、自治体によっては、保護者の付き添いが義務とされている場合がある。学校で医療的ケアを行う看護師などの人材が足りないからだ。
終日の付き添いは、保護者に重い負担となってのしかかり、仕事や病気のため保護者が付き添えない場合には、通学を諦めることになってしまう。こうした現状を是正するため、新法では、保護者の付き添いをなくすことを目標として明記。国や自治体に対して、学校が看護師などを配置するのを支援するように促している。
◆ポイント3 障害があってもなくても共に学べるように
法案作成にあたり野田議員らがこだわったのは、「障害があってもなくても共に学べるように」という理念を掲げることだ。医療的ケア児の保護者からは、「地域の学校で普通学級の子どもたちと一緒に学ぶことで、刺激を受けて成長に繋がる」という声も多く聞かれる。また、遠方の特別支援学校に通うのは送迎面で負担となるため、近所の学校に通わせたいという声も多い。
新法では、国や自治体に対し、医療的ケア児が、医療的ケア児でない児童と共に教育を受けられるよう最大限に配慮し、適切な支援を行うよう求めている。
◆国や自治体は本気になれるか 社会は変われるか
今回、成立した法律で、医療的ケア児の支援が「国や自治体の責務」と定められたのは、大きな一歩だ。しかし、学校に配置する看護師の数などが具体的に定められていないため、保護者からは、実効性を不安視する声もあがっている。
今秋に法律が施行されるのを受け、どこまで予算をつけ実行に移すのか、国や自治体の“本気度”が問われることになる。「重い障害のある子を学校に通わせて意味があるのか」「障害のある子を預けて働くなんて」医療的ケア児を育てる保護者たちは、こうした声を幾度も浴びせられてきた。
しかし、「教育を受ける権利」はすべての国民に等しく憲法で保障されており、日本が批准している障害者権利条約にも、障害を理由として教育から排除されないという原則が明記されている。また、保護者にも当然、働く権利がある。
法案成立に尽力した荒井議員は、「医療的ケア児を抱えているがために職をやめてしまう親がたくさんいるが、いたずらに人材を失うことは日本の損失だ」と訴える。折しも、子どもに関する政策を集約する「こども庁」創設の議論が盛り上がっている。
今こそ、これまで見過ごされてきた医療的ケア児の抱える悩みに目を向け、社会全体で真剣に取り組むべきだ。