戦後80年…「敵ではなく人間」被爆死米兵を調べ続けた被爆者【キキコミ】

◇ ◇ ◇
戦後80年となる2025年、私たちは「いまを、戦前にさせない」をテーマに様々な特集をお伝えしています。
広島市内のビルの1階に建てられた慰霊碑。
アメリカ国旗が添えられ、英語で追悼の言葉が書かれています。
建てたのは、被爆者の森重昭さん87歳。
まさにこの場所で亡くなったアメリカ兵らを追悼するため、自費で慰霊碑を作りました。
○被爆者
森 重昭さん(87)
「『どうしてもここでお願いしたい』と言って、1年半かけて(ビルのオーナーを)説得しまして」
○櫻井
「ここでアメリカ兵も被爆された?」
○被爆者
森 重昭さん(87)
「ええ」
9年前の2016年、原爆を落とした国のトップとして、初めて被爆地・広島を訪れたオバマ大統領。
○アメリカ
オバマ大統領(当時)
「広島で命を落としたアメリカ兵たちの家族を捜し当てた男性がいます。家族を失った苦しみは、自分と同じだと信じたからです」
スピーチでこう紹介したのが、森さんでした。
感極まって言葉に詰まると、2人はそっと抱き合いました。
森さんが生涯をかけて取り組んだのが、広島で被爆死したアメリカ兵の調査。
12人いたことを突き止めたのです。
ご自宅で見せてくれたのは、箱いっぱいの手紙。
○櫻井
「何通くらいあるんですか?」
○被爆者
森 重昭さん(87)
「300(通)くらいあると思います」
○櫻井
「300…」
森さんは、8歳のときに、爆心地から2.5キロの場所で被爆。
戦後30年たったころ、当時のことを調べるなかで出会ったのが、被爆者が描いた、この絵です。
原爆が投下され、焼け野原となった広島の街を憲兵に連れられて歩く、アメリカ兵が描かれていました。
捕虜として連行された広島市内で、母国が落とした原爆によって、次々に命を落としたのです。