【子宮けいがんとワクチン】各国では男性も接種──イギリス在住研究者に聞く
子宮けいがんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)に感染するのを防ぐワクチンについて、イギリス在住の江川長靖氏(ケンブリッジ大学病理学部)に聞くシリーズ第3回は、男性への接種などについてです。
■世界では男性への接種広がる
このように、子宮けいがん関連の負担が圧倒的に大きいので、ワクチンで感染を防ぐ最初のターゲットにすべきは15歳までの女性であり、次のターゲットが15歳を超えた女性を対象にしたキャッチアップ接種(注:日本では今年度17歳から27歳になる女性は2025年3月末まで無料接種)の世代と男性になるとされています。
一方、性行為によって男性、女性関係なく、HPV(ヒトパピローマウイルス)に感染して、程度の差はあれ、男性、女性関係なく一定の病気の原因になっています。そのような感染症を防ぐ効果があるワクチンがあったとしたら、男女関係なく接種するのが自然ですよね。これはジェンダーニュートラル(性別に中立的な、性別で分けない)ワクチンという考え方になります。男性の方が費用対効果が低いとか女性に打った方が効果が高いなど、別々に考える必要はないということです。
両方にとって問題だから、男女両方が接種するのが普通と考えるわけです。したがって、女性に打てる状況が確保されて、準備が整った国は男女両方に打つようになっています。HPVワクチンを女性に接種している国があるとしたら、そのうち半分ぐらいの国では男性にも接種している状況です。
WHOによると142の国・地域がHPVワクチン接種を実施、そのうち女性のみに接種が68、男女ともに接種が74。中国とインドはWHO統計では未実施になっているが、地域によって導入済みです。
男性への接種については、日本はまだ議論が始まったところですよね。WHO=世界保健機関も、2019年時点では、ワクチンの量が足りないので、男性への接種はいったん待ってくださいという声明を出しました。それが2023年以降、ワクチンの供給に改善がみられました。今までワクチンを製造してきた2つの企業、メルクとGSKが増産したことに加えて、インド製と中国製ワクチンが市場に出始めたことです。
WHOによる昨年(2023年)のステートメント(宣言)では、準備が整った国から男性にも接種を拡大してくださいと変わりました。イギリスなどでも、費用対効果が男性の場合は良くないということで、導入が遅れました。その後、性行為とか性的な接触で感染し、男女双方の健康負担になっている、男女両方に関係する(ジェンダーニュートラル)と考え方が変わり、2019年に13歳以下の男性に対して接種を開始しました。日本で今、男性に接種すべきか、議論があるとすれば、今男性に接種を行っている国々と比較して、約10年遅れた議題をしていることになります。
■日本は原則3回接種 1回接種の国も
イギリスでは、45歳までの人は2回接種、25歳までに接種する場合は1回接種に去年移行しました。日本の制度では、原則として3回接種(最新の9価ワクチンでは1回目を15歳未満で打つ場合は2回接種)です。1回でも十分効果があるとして、1回接種に移行している国もあるし、なにより、1回も打たないよりも、1回でも打った方が圧倒的にいいということです。
最初にこのHPVワクチンの接種回数を設定した時には、どれぐらい抗体価(ウイルスへの感染を防ぐための免疫の量)が上がれば、どれぐらい効くかわからなかったわけです。わかっていたのは抗体価が高いほど確実に効くよねと。そして長期間、一定以上の抗体が保てないといけないということで3回接種で承認をとって、接種が始まりました。ワクチンの臨床試験の対象ではなかった15歳未満に実際、集団接種を始めてみると、2回接種でも高い抗体価が出るとわかった。ワクチンに対する免疫の反応が良いわけです。
そして、最近になって1回接種でも、HPVへの感染予防効果も異形成(がんの前段階の病変)を予防する効果も、3回接種に比べて、特に劣らないとわかりました。それで、今から導入する国では、1回接種でいきましょうとなった。1回接種の良いところは、例えば2回接種を想定した量のワクチンを準備した場合、1回接種でいいとなれば、2倍の人に打てることです。つまり、男性女性両方(もしくは2倍の女性)に打てることになる。ワクチン購入のコストも3分の1、2分の1になるのは、国にとっても非常にいいことでしょう。
■3歳で接種という議論も
まだ実現した国はないんですけども、このワクチンを幼児期に打つというのも、技術的には考えることができる段階に来ているんです。例えば、他のワクチンプログラムと一緒に保健所で打つとか、3歳児健診の時に打つとかそういうふうな形をとれば、ワクチンの接種率も自然と上がるよといった考え方が実際あります。
ただ、12歳を対象にした接種で接種率も高くて、うまくいっている国が、わざわざ3歳に変更するかと言われると、そこは変更する労力も考慮すると簡単ではありません。3歳で接種して、例えば25歳で子宮けいがん検診を受けるとして、その時点で、どうがんを防げたか、データをとって、効果を確かめるまで20年以上かかりますので、すぐに3歳で接種とはなりにくいかもしれません。しかし、『思春期に』接種することに特別な問題があって、それがハードルになっている国があるとすれば、考える価値があるかもしれません。
■イギリスではHPVワクチンは特別だと思われていない
イギリスでは、まずHPVワクチンは特別なワクチンではありません。他にもたくさんワクチンがある中の一つで、特別にリスクがあるわけでもなく、特別な人が打つようなものでもなくて、他のワクチンと同じように安全で効果があるから、学校の集団接種で打っています。学校の集団接種ができている国では接種率が高いんですよ。
イギリスでは、かつて、はしかのワクチンで自閉症が起こると医師が論文を発表して、ワクチンの接種率が下がり、はしかがまん延したことがあります。それでHPVワクチンを導入する時に、政府は、何か副反応が疑われることが起こった時の安全性評価のシステム、それをどう説明するかなどをあらかじめ準備していました。
アイルランドとかデンマークなどで、HPVワクチンの接種率が下がる事態が一時ありました。とはいえHPVの接種率が下がった、と世界でも一番有名なのは日本になります。実は南米のコロンビアでも日本で問題とされた後に、似たような事態になりました。しかし、公にはなかなか言わないけど、各国は日本で起こったことを学んでいて、どうすべきか考えていて、対応をしていきました。日本で起こったことを他山の石としたわけですね。
どんなに効果があって安全なワクチンでも、どんな理由であれ、信頼を失うと、打ってもらえない。人々がワクチンについて不安や疑問を抱くことは当然あり、その時にどう対応するべきかを、実際に接種する人たち、医療関係者、マスコミなどに、政府や国の保健機関が適切にわかりやすく説明していくことが大切です。そして、マスコミもその影響力を考えると正しく学ぶことも必要でしょう。そうした備えがあれば、今から出てくる新しいワクチンにも対応できますし。これがとにかく必要だと思っています。