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『私は検察に殺された』組織内の性犯罪で“二次被害”なぜ起こる?大阪地検元トップが一転『無罪』主張 女性検事の刑事告発に検察庁が示した“不起訴”の理由と当事者の怒り

2025年3月23日 0:00
『私は検察に殺された』組織内の性犯罪で“二次被害”なぜ起こる?大阪地検元トップが一転『無罪』主張 女性検事の刑事告発に検察庁が示した“不起訴”の理由と当事者の怒り

 組織の中で起こる性犯罪では事件そのものの被害だけではなく、意を決して被害を公にした後も誹謗中傷に晒されるなど、被害者が周囲から傷つけられるケースが後を絶たない。

 大阪地検元トップが加害者として起訴された性的暴行事件で、勇気を振り絞って“性被害”を公にした女性検事・Aさんが、再び打ちのめされる事態が起きた…。絞り出した声に牙をむく性犯罪のセカンドレイプの実情を伝える。(取材・報告:丸井雄生)

■法廷での謝罪から一転『無罪』を主張 議論を生む“性的同意”

 大阪地検元検事正が準強制性交の罪に問われる裁判をめぐり、2024年の暮れ、弁護人が突然の方針転換を告げた。

 元検事正・北川健太郎被告(65)の弁護人である中村和洋弁護士は、「北川被告には事件当時、Aさん(性被害を訴える女性検事)が抗拒不能であったという認識はなく、またAさんの同意があったと思っていたため、犯罪の故意がない。したがって無罪」と訴えた。

 初公判で起訴内容を認めていた北川被告は、一転「同意があったと思った」と主張を翻したのだ。

 その翌日、Aさんは会見を行い、時折涙に声を震わせながら、怒りと絶望感を露わにした。

 女性検事Aさん
「無罪を主張していることを知り、絶句し泣き崩れた。今の率直な気持ちを申し上げると、被害申告なんてしなければよかった」

 北川被告に真意を尋ねるため、取材班は接見を申し入れたが、辞退された。

 『性的同意』の認識を争う主張は、かつて不起訴や無罪が相次ぎ、判断の見直しも行われるなど議論を生んできた。

 刑事法に詳しい甲南大学の園田寿名誉教授は、「同意の問題を中心に議論するべきではない」と指摘し、「客観的に何が行われたかというのが重要。その人間の性的尊厳に反するような行為がまず行われたのかどうか、ここを確定しないといけない。単になんでもかんでも、『同意があった』という主張をすれば許されるということではない」と説いた。

■「1人じゃない」広がる支援の輪…最高検などに約5万9000人分の署名提出

 事件後、何度も傷つけられるAさんを目にしてきたかつての仕事仲間たちは、検察に適正な対応を求めるため、署名活動を始めるなど支援に乗り出した。

 Aさんを支援する元警察官は、「こんな異様な事態ってないのではないか。女性検事の置かれている立場がどれだけかわいそうで、これに対しては何か手当されるべき。1人じゃない、心の支えになってあげたい、というみんなの声で立ち上がった」と話した。

 2025年1月27日、支援者が署名を提出するため訪れた東京に、Aさんの姿もあった。署名は開始から2週間で約5万9000人分が集まり、支援者らは最高検察庁や大阪高等検察庁、そして法務省に提出した。

 最高検は署名について、「現在公判係属中あるいは捜査遂行中の事件については、大阪高検において、今後とも法と証拠に基づいて適切に対応する」とコメント。一方、北川被告が準強制性交の罪に問われている事件については、読売テレビの取材に対し「法令の遵守に厳格であるべき、ましてや職員の模範となるべき検察の幹部職員が重大な犯罪行為に及んだことは極めて遺憾であり、国民の皆様に深くお詫び申し上げる」と回答した。

■“二次被害”で刑事告訴・告発された副検事は「不起訴」 懲戒処分は最も軽い「戒告」

 年度末に差し掛かった3月19日、発表は突然だった。

 同僚だった女性副検事が北川被告に捜査情報を漏洩した疑いなどがあるとしてAさんが行った刑事告訴・告発について、大阪高検は捜査の結果、懲戒処分としては最も軽い「戒告」とする一方、国家公務員法違反や名誉棄損などの疑いについては「不起訴」としたことを明らかにした。

 認定された事実と理由は以下の通りだ。

【認定事実】
 2024年5月下旬以降、副検事は参考人として聴取を受け、保秘等に関する要請を受けていたにもかかわらず、北川被告の弁護人となろうとしていた弁護士に対し、聴取されたことや供述調書が作成されたことなどを伝達するとともに、自身のスマートフォンに保存されていた北川被告や弁護人との通信履歴を削除した。
 また、大阪地検内で被害者について詮索しないように全職員に注意喚起されていたにもかかわらず、2024年6月下旬から9月下旬にかけ、職員複数名に対して、それぞれ別の機会に被害者の氏名等を伝達した。

【処分の理由】
 国民の目線から見れば検察官でありながら検察の活動を妨害したものと受け止められかねず、検察に対する信用を失墜させる不適切な言動だった。
 副検事は、自らが参考人として聴取を受けたことに不安を抱くとともに、北川被告のことが心配になり弁護士への伝達行為に及んだ。捜査の結果、“口裏合わせ”が行われたとの事実は認められなかったが、弁護士に伝達すれば、捜査状況を被疑者側が知りうることになるので、検察官の立場にあるものがそのような行為に及ぶことは不適切である。
 通信履歴の削除についても、データを削除しないよう要請を受けたにもかかわらず、事件とは直接の関わりのない個人的なやり取りを見られたくないという理由から削除したのは、検察官が捜査を妨害したかのように受け止められかねない行為であり、不適切である。
 複数職員への被害者氏名の伝達は、性被害という高度のプライバシー情報を事件とは無関係の第三者に伝達することにほかなららず、被害者の心身や職場環境に悪影響をもたらす不適切な言動だった。被害者に寄り添うという検察組織全体の方針にも反するもので、いかなる事情があろうと許されるものではない。

 一方、不起訴の理由については、それぞれ以下の通り説明された。

●国家公務員法違反の疑いについて
 副検事が北川被告の弁護人に告げた内容は、いずれも職務を行うにあたって知った情報ではなく、準強制性交事件が発生する直前に開催された私的な懇親会の参加者の1人として事情聴取を受けていることなどであって、あくまで私人の立場で知った情報であり、職務上知ることのできた秘密に該当せず、「罪とならず」とした。

●証拠隠滅の疑いについて
 副検事が削除するなどした北川被告やその弁護人との通信履歴は、証拠隠滅罪や証拠偽造罪の証拠に当たるというには疑義があるか認められないものだったため、「嫌疑不十分」あるいは「罪とならず」とした。

●犯人隠避の疑いについて
 副検事の行為は隠避に当たらない行為だったため、「罪とならず」とした。

●名誉棄損の疑いについて
 副検事は特定かつ少数の人に対し、個別に事件の被害者に関する話をしていたにとどまり、副検事がこれらの人に事実を適示した後に、これが伝播して間接的に不特定多数人が認識したという事実も認められず、また、副検事に不特定多数の人に伝播するだろうと認識していたと認めることもできなかったため、「嫌疑不十分」とした。

 大阪高検はこれまでの捜査や副検事への調査について、「事実関係を把握した後に必要な調査を行い、告訴・告発が行われたことをも踏まえ、より慎重に事実関係を確定すべく鋭意捜査を進めてきたものであり、放置したということはない」と説明した。

 その上で、「副検事による行為は、検察組織に対する国民の信用を損なう非違行為であり、誠に遺憾であって、厳正なる処分をした。大阪高検・大阪地検としては、今後二度とこのような事案が発生することのないよう、職員に対する指導・監督を厳しく行い、綱紀保持をさらに徹底して再発防止に努める。また今後とも、本件事案の被害者も含め、犯罪被害者の保護に努める」とコメントした。

■副検事の代理人「処分は不当、公平性欠ける」女性検事の代理人「身内びいき」双方が批判

 高検によると、副検事は調査の中でこのような行為に及んだことを悔やんでいたという。

 ただ、処分が発表された後、副検事の代理人は報道各社に対し、「処分は事実関係の誤った評価に基づいて判断されたもので不当であり、同様の事実関係に及んだと思われる他の職員については処分が行われていない中で、副検事だけが厳しい処分を受けることは公平性や公正さに著しく欠けると考えている。今後、適切な法的手続を通じて懲戒処分の不当性について訴えていく方針だ」とコメントした。

 一方、女性検事Aさんの代理人は、「被害者は今回の処分に対し、大変ショックを受けていてコメントができないため代理人としてのコメントを申し上げます」として、書面でコメントを寄せた。

 書面では、高検がこれまで「捜査を遂げた後、被害者に説明する機会を設けたい」と述べていたことに触れ、「いずれの処分も被害者に対する事前の説明はなく、捜査を一方的に打ち切って突然処分を下されたものであり、報道機関に発表するという処理の仕方も被害者の代理人として全く承服し難いものです」と指摘。

 その上で「このような検察庁の対応は、検察庁に対する国民の信頼を損ねるものであり、また身内びいきの不適切な処分だと思っております。被害者の安全な職場環境の整備は遠ざかるばかりで、検察庁は被害者を復職させる気がないのではないかとさえ思わざるを得ず、代理人としては非常に残念でなりません」と綴られていた。

■女性検事が声を上げる理由

 3月22日時点で次回の裁判期日は決まっていない。

 “二次被害”に心をかき乱されながらも、声を上げ続けるAさんの根底には、「何度も傷つけられる性被害の苦しみにさらされる人が、一人でも減ってほしい」という願いがある。

 Aさんはインタビュー取材で、「このままでは本当に被害者が、傷つけられて終わってしまうということに危機感を抱いている。検事であり、被害を受けた人だからこそ言えることを発信し続けることが、苦しんでいる人に何か力になればという気持ち。しゃべるのはすごくしんどいしつらいが、なんとか続けていけたらと思っている」と語った。


 性被害をなくし、二次被害を防ぐために変えなければならないのは、社会を作る私たち一人一人の理解と認識であることに他ならない。(おわり)

※前編「女性検事は大阪地検元トップから…元競輪選手の女性は先輩の有名選手から…被害訴える声に牙をむく“セカンドレイプ”の実情」は22日(土)午前9時に配信しています。

最終更新日:2025年3月23日 0:00
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