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羽生結弦が個人戦後初会見「強い痛み止めを必要量以上に…」“取材希望殺到”で実現「やっぱりここで滑りたい」

2022年2月14日 18:54
羽生結弦が個人戦後初会見「強い痛み止めを必要量以上に…」“取材希望殺到”で実現「やっぱりここで滑りたい」
記者会見に臨んだ羽生結弦選手(※写真はフリー演技後) 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

取材依頼が殺到し、個別対応が困難ということで会見形式の形となったフィギュアスケートの羽生結弦選手の記者会見が14日、北京五輪のメディアセンターで行われました。

会見のおよそ2時間前には練習リンクで個人戦後初めての練習を実施。ゆったりとした動きで練習しつつ、時折トリプルアクセルのジャンプも披露しました。

エキシビションへの出場判断や、今後の動向などが注目される羽生選手は、個人戦後の3日間の心境を明かしました。

――個人戦からリンクを離れていた数日間の気持ちの変化は?
「もちろんいろんなことを考えました。自分が4回転半アクセルに挑んだこと。そして成功しきれなかったこと、いままで頑張ってきたこととか、道のりだとか。そして道のりの価値とか、結果としての価値とか、色々なことを考えました。けど、足首が痛い。きょうの練習でジャンプはあまりやっちゃいけないと思ってはいたけど(跳んだ)。痛み止めも飲んでいます、かなり強いものを必要量以上に。それでもやっぱりここで滑りたいと思い(練習リンクで)滑らせて頂きました。この3日間、五輪のことも、もちろん今までのことを考えていた中で、僕は色々な人に支えられているのだなと。この足首に関しても、この3日間ですごくたくさん(スタッフが)ケアしてくださった。まだ歩くのでさえもちょっと痛い。それでも最大限治療をしてくださったりだとかサポートしてくださったり、食事の面でも栄養の面でも本当にサポートしてくれた。本当にたくさん支えて頂いている。それにもっと感謝したいなと思わされた3日間だったと思っています」

フィギュアスケートのエキシビションは北京五輪の大会最終日20日に行われる予定です。

■羽生結弦選手
1994年12月7日生まれ、宮城県出身。2014年ソチ五輪、18年平昌五輪で金メダルを獲得。10日に行われた男子フリーで前人未踏の大技「4回転アクセル」に挑戦するも転倒。回転不足で減点となったが、ISU(国際スケート連盟)の公認大会で初めて4回転アクセルが認定された。ショート8位から順位を上げ3度目の五輪は4位入賞。

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