「観戦出来なくても会場のそばで思いを届ける」中国の羽生結弦ファンの"情熱"を取材
中国では羽生結弦選手の人気が非常に高い。メディアが「今大会で最も有名な選手」として特集記事を組むほか、組織委員会には"羽生選手に渡して欲しい"と手紙が殺到しているという。なぜ中国人に受け入れられるのか、実際にファンに会って話を聞いた。
■私たちの生活を導く"光"
1月末、私たちが話を聞いたのは、北京在住の羽生結弦選手のファン、薛晴さん(24)。出会ってまず最初に、日本語で「よろしくお願いします、ありがとうございます」とあいさつしてくれた。羽生選手が何を言っているのか知りたくて、日本語を勉強し始めたという。2016年から羽生選手のファンになり、2018年には平昌オリンピックにも応援に行った。羽生選手が中国入りすることについて「彼と同じ空気が吸えて本当に光栄だ」と目を輝かせる。
なぜ羽生選手を好きなのか?その理由は、華麗な見た目や演技だけではなく、その"生き様"に魅せられているからだという。
「彼の品格はとても美しく、また純粋な心があると思う。彼は小さい時から自分の夢をひたすら追求し、ずっと楽しくスケートをやってきた。ひとつの道を追い求めることは、多くの人が達成できないことだが、彼は終始自分の夢と本音だけを追求してきた。また彼は非常に温かくて善良な一方、非常に強い人だとも思う。彼はフィギュアに関しては他人が想像もつかない決意を持っている。私は彼を非常に尊敬する。それは、私にはとても難しいことをしているから。彼は私にとって非常に柔らかい存在であると同時に、私たちの生活を導く『光』でもある。私の価値観に深い影響を与え、いつの間にか、彼のように努力しようと考えるようになった」
■観戦は出来なくても"思いを届ける"
北京オリンピックは、観客について「チケットの一般販売は取りやめ、招待客のみ入場可」としている。招待券の多くは中国共産党幹部やスポンサー企業に配られるとみられ、薛さんたちは観戦するチャンスがないという。「非常に残念だ」としながらも、熱い思いは変わらず次のように語った。
「少しでも競技場の近くで応援したい。もちろん前提条件として、選手や運営に迷惑をかけないことは当然だけど。壁を隔てたとしても、彼の試合を感じたい。中国のファンは、競技場の外で彼を応援し、スマホの画面を通じてでもその力を彼に伝えたい、思いを届けたいのです」
さらに、日本のファンに対しては次のようなメッセージも。
「安心してほしいです。中国のファンはとてもとても情熱があるし、羽生選手に夢中なファンはきっと忠実なファンだから、中には入れなくても、外の雰囲気を醸成し、必ず羽生選手のためにしっかり応援する。日本のファンは心配しないでください。私たちは必ず思いを届けるから」
大会組織委員会は、今回、選手に渡したい手紙を組織委員会に送付するようキャンペーンを実施。組織委員会関係者によると、とりわけ羽生選手への手紙は中国内外から大量に届いていて、本人に渡される見通しだという。薛さんは手紙に書いた内容を教えてくれた。
「彼の身体が健康であるように、生活が幸福であるように祈る言葉を書いた。また中国のことわざも書いた。『既来之則安之(来たからには落ち着いて臨む)』私も非常に好きな言葉。羽生選手は今回のオリンピックに参加するかどうか、長く決心してこなかったと思うが、結果としては参加することになった。参加するからには、『平常心で臨むべき』です。この言葉は私の生活でも非常に役に立つ言葉だし、常に私を導いているから、この言葉で彼に祝福を表したい。」
■中国メディアは「最も有名な選手」と連日特集
中国メディアが「今大会で最も有名な選手は羽生結弦だ」と絶賛するなど、中国でも羽生選手の知名度は高い。連日のように羽生選手に関連する記事が発信され、SNS上のファンサイトには160万人以上が登録している。元々人気があったところに、さらに拍車をかけたのが、2017年にフィンランドで行われた世界選手権での出来事。3位だった中国の金博洋選手が持つ国旗が裏返っていたのを羽生選手が直し、ファンがさらに急増したという。今年1月には、日本で出版されていた羽生選手に関する本の中国語翻訳版が書店に並ぶなど、オリンピック本番を前に人気はさらに上昇しているように見える。
■強硬な報道官も…日中友好の“架け橋”に?
さらに、日本に対して強硬な姿勢と発言で知られる中国外務省の華春瑩報道官は去年10月、日本語で羽生選手への応援ツイート。
「羽生結弦選手のファンの皆さまへ。『現地応援は中国の皆さんに託す』との声を目にしました。お任せください!」
普段は笑顔を見せることも少ない彼女としては異例の対応と言える。
羽生ファンの薛さんは、平昌オリンピックに観戦に行った際に、前に座っていた日本人のファンと抱き合い、一緒に涙を流したという。初対面で言葉も通じなくても、「羽生選手のファン同士、心は通じた」と嬉しそうに話した。図らずも今年は日中の国交正常化から50年の節目を迎える一方、両国の間には難題ばかりが横たわるが、羽生選手に"架け橋"としての希望を感じている中国人は多いように感じる。
■プーさんの持ち込み禁止は“大きな誤解”
薛さんは平昌オリンピックに持って行ったというプーさんのティッシュカバーを嬉しそうに見せてくれた。普段からベッドで一緒に寝ているという。ちなみに中国では2018年、SNS上でくまのプーさんが習近平国家主席に似ていると話題になり、その後、中国当局が規制したことがあり、いまも中国ではプーさんが「ご法度」なのでは?とのイメージもあるが、薛さんは「大きな誤解だ」と笑う。試合会場に持ち込めるし、プーさんを抱えていればお互いに"羽生ファン"として交流が生まれるそうだ。
なお、余談だが筆者の知人に中国メディアで働いていた人物がいる。2019年当時、社内で言われていたのは「プーさんは絶対に紙面に載せてはいけない」とのルールだったという。プーさんにも、許されるプーさんと、許されないプーさんがあるのだろうか。
話はそれたが、羽生選手はどのような演技を見せるのか?多くのファンが、その活躍を待ち望んでいる。
(NNN中国総局 槻木亮太)