「こんな最高の人生はないで」東大と京大を率いる日本アメフト界の名将らが薫陶を受けた人物は?
森HC、藤田HCの二人を語る上で、欠かせないのが水野彌一氏。水野氏は2人が京都大学・学生時代のヘッドコーチで、京大を6度のライスボウル優勝に導いた名伯楽です。水野氏の薫陶を受けた森HCと藤田HCは、指導者になって名将を意識するか尋ねてみました。
■40年経って気づかされる名将の考え
「意識するというか、僕は水野さんの真似はできない。器と言うかレベル的に全然違うので、同じことをやろうと思っても無理です。でも、僕も全くド素人で大学入ってフットボールを始めてコーチもド素人で始めて、唯一直接教えていただいたのが水野先生。なので、そこが根っこにあるのは間違いないです」と答えるのは森HC。
藤田HCも「森さんと同じで、一緒に長い時間やらせてもらったのが水野さん。自分では思っていなくても実は水野さんから学んでいたということがあるので、影響はあります」と異口同音に述べました。
さらに両HCは、水野氏の凄さと"得意技"についても言及して昔話に花を咲かせます。
藤田HCが、「大学生を指導する立場になってようやくわかることがあります。(自分が学生だった)当時は分からなかったです。例えば、きちんとプランを決めて物事を進めることはなかなかできない。社会人の場合はある程度予想がつきます。プランを修正していくのは水野さんの得意なところで、当時は『なんでプランを作ってやらないのだろう』と思っていましたが、修正していく理由があったことを今になって理解しています」と言えば、森HCも「朝令暮改が多いと公言している方なので」と白い歯を見せ、「この年になっても、学生の時やコーチの駆け出しの頃に水野先生が言っていたことが、『だからこう言っていたのか』と40年近く経った今でもまだそういうところがあるということが水野さんの凄さ。やればやるほど奥が深いスポーツを教えてもらったことは凄く感謝しています」と恩師に謝意を述べていました。
二人の人生の道しるべになったともいえる水野氏は、京大卒業後に一般企業に就職するも退職し、京大アメフト部の監督に就任。“打倒関学”に執念を燃やし、その夢も見事叶えました。水野氏は「こんな最高の人生はないで」と一片の悔いもないようによく口にしていたそうです。
そんな水野氏から多大な影響を受けた森HC、藤田HCも京大出身者としては稀有な人生を歩んでいます。
森HCは、"騙されて"入部したことでアメフトに関わることができ、結果として自身の人生に大満足しています。
森「京大に行っていなければ、京大で勧誘されていなければ、フットボールを絶対にやっていません。まるで違う人生になっていたと思います。自分としてはこういう人生を歩んですごく有難いです。水野さん、これまで一緒にやってきた選手やスタッフ、もちろん藤田コーチもそうですし、そういった人たちとずっと一緒にできていることは本当に有難いです。僕は騙されてアメフト部に勧誘されましたが、ご飯につられて騙してくれてありがとう、という気持ちです。最初は30年も40年もやるとは思っていませんでした。自分は飽きっぽい性格なので、飽きもせず30年、40年続けてこられたのは、自分としては贖罪という気持ちが強いです。若い頃は情熱だけでやっていて、その時にもうちょっと教え方やアプローチの仕方とか知識とかがあれば、もうちょっと勝てたというシーズンばかりです。だから、贖罪のために続けています」
藤田HCも「幸せだろうと思います。良い結果が出た時に、選手や選手の家族が喜ぶ姿を見ると、自分一人でやっていたらそれだけのたくさんの喜びを感じられることはないので、そういうのを感じさせてもらえるのは、こういう仕事の冥利につきます。若い人たちの将来に多少なりとも影響を及ぼすような仕事ができていればありがたいなと思います」と今の仕事に充足感を得ています。
■東大指導は「頭でっかちにならないように」
森HCは、明らかに戦力が劣るチームを率いても、的確な分析で戦前の予想を覆す結果を何度も演じてきました。東大も、早稲田大学、法政大学といった強豪校と比べてお世辞にも戦力が勝っているとはいえません。それでは、頭脳明晰な東大生にも分析力で相手に勝つようなことを指導しているかを問うと、百戦錬磨の智将から返ってきた答えは「ノー」でした。
森「分析に秘訣があるわけではありません。アメフトの8割、9割は誰が考えてもロジカルに考えれば、だいたい同じ答えがでます。逆にうちの選手たちは頭が良いので、頭でっかちにならないようにしています。フットボールはフィジカルとファンダメンタルが大事。それから、闘志や気持ちといったメンタルで決まるスポーツです。それがないのに、頭でっかちになると勝てないスポーツだと強調しています。当然、知識も分析も大事ですけど、やっぱり速く強くプレーできないと絵に描いた餅なので、そこに逃げないようにしないといけません。基礎技術を磨くことや、フィジカルを強くすることは楽ではありません。だから、そこから逃げるために分析に走ると永遠に勝てません」
頭でっかちにならないように、体力と基礎を鍛える。これが戦力で私立大に劣る東大の進む道だが、同じ国立大の指揮を執る京大の藤田HCも森HCの考えに同調します。
藤田「東大と同じです。フットボールの本質はそこ(フィジカル、ファンダメンタル)にあるので、そこは避けて通れません。そのレベルが高いチームが勝っているだけです。関西学院大はファンダメンタルがしっかりしているし、フィジカルも強い。そのうえで作戦を遂行している。だから、他はなかなか勝てない」
第65回双青戦の結果は、森HC率いる東大のランオフェンスが冴え渡り、藤田HCは"初陣"を白星で飾ることができませんでした。とはいえ、まだ5月で本番の秋シーズンまではまだ時間的猶予があるため、両チームとも結果に一喜一憂せず、お互いに意識することもなかったそうです。
名将に鍛えられた東大と京大がひと夏を乗り越え、秋のシーズンでどんなチームに変貌するのか。そして、もし大学アメフト日本一を決める甲子園ボウルで日本最難関大学の2校が相まみえたら、水野氏の言葉を借りれば「こんな最高の人生はないで」。
そうして9月に開幕したシーズン。東京大学は明治大学相手に7-27と開幕戦を落としました。一方、京都大学は近畿大学相手に21-17で接戦を制しました。まだまだ始まったばかりのシーズン。両チームが成長していく様を見届けたい。