×

労働力が足りない…「外国人に選んでもらえる国に」ついに政府、経済界が取り組み始動

2024年7月3日 7:10
労働力が足りない…「外国人に選んでもらえる国に」ついに政府、経済界が取り組み始動
台湾TSMC子会社「JASM」 手前には畑。借地が多く、土地の価格があがり、農業から撤退する人も
「外国人政策委員会」。経団連の十倉会長が、任期4年の最後の1年というタイミングで新たに立ち上げた、いわば「十倉集大成」の重要要素となる委員会だ。

米国バイデン大統領に「なぜ日本は問題を抱えているのか。彼らが外国人嫌いだからだ」と指摘された日本。10年前、民間有識者会議「選択する未来委員会」で、人口減少対策として「外国人労働力の活用拡大も選択肢の1つ」と提起された際も、「官邸は純血主義者が多いから、移民議論もつぶされた」(自民党有力議員)との声も出て、報告書から「移民」の文字は消えた。

しかし、あれから10年。ますます人手不足が深刻化する中、ようやく政府も経済界も外国人労働者を受け入れる体制整備を本格化するのか?
(日本テレビ解説委員・安藤佐和子

熊本市菊陽町にある「原水駅」。小さな無人駅だ。その駅が、平日は毎朝、通勤客で溢(あふ)れかえるという。理由はここが台湾の大手半導体メーカー「TSMC」の子会社「JASM」の最寄り駅だからだ。

この駅からバスで10分ほどのところに、大きな半導体関連の工場が集まる「セミコンテクノパーク」がある。もともとソニーの半導体工場など多くの半導体工場があったとはいえ、TSMCの進出が決まって以降、さらに半導体関連の工場建設、設備投資が相次いでいる。

TSMC進出による熊本県への経済波及効果は、10年間で6.9兆円規模にのぼるという試算もある。経済成長への期待の一方で、急速な変化に町や市にとまどいもある。

■「子どもが心配」

菊陽町周辺では、通勤や取引で町を走る車が増えた。毎朝ものすごい渋滞が発生するという。近隣に住む子持ちの男性に話を聞くと「通学路が心配だ」という。「一車線分程度しかない幅の道に車が行き交い、車が歩道にはみ出してくる」「近所の人たちで話し合っていて、時間帯によって一方通行にしてくれないか警察に相談しようということになっているが、なかなか(ことを進めるのは)大変だと聞いている」。一方で、駅周辺の道路が整備されてメリットもあるといい、複雑な表情を見せた。

農家からも心配する声が聞こえてきた。「JASMの第二工場が建つと、地下水が足りなくなるんじゃないかってみんな心配しているね」(農業に従事する男性)。

「水どころ」として知られる熊本。熊本市のサイトには「市民の水道水の100%を地下水で賄っている」「まさに世界に誇る地下水都市」との文字が躍る。

しかし近年、水位の低下などがみられ、市はさまざまな対策を打っている。その一つが、「水田を活用した地下水のかん養」と呼ばれるものだ。田んぼに雨水をため、地下に大量の水をしみこませる。水を張る期間と面積に応じて補助金が支払われる。

こうした取り組みが行われる中で、地下水を大量に使う半導体メーカーであるJASM、そして周囲に新たな工場が増えていくことは、地元の人たちに「水の不安」を与えている。

■外国人にとって暮らしやすいか

一方で、日本にやってきた外国人の生活はどうだろうか? JASMの周りにはSONY、東京エレクトロン、日本ピラーなどの巨大工場が立ち並ぶ。

そのうちの一つで働く台湾の若者に話を聞くと、「食事が困る」と話す。その男性は台湾から3か月の出張で来ていて、今後、日本の工場でつくっている部品を、台湾の工場でつくっている部品と組み合わせるため、その作業を習得するために来日している。

提供されている住まいは、熊本市内のビジネスホテル。工場からバス、電車、市電と乗り継ぎ、片道1時間ほどかけて通勤している。日本語を話すことはできるが、「外食、特に焼き肉はダメ」という。何かというと、漢字は読めてもカタカナが読めない。レストランのメニューにカタカナが多いことに「お手上げ」だという。

「一気に台湾から移住者が増えて、マンションの建設ラッシュ」「外国人が本当に増えた」。そう聞いていたため、「熊本市内の駅や町の看板や案内には英語、中国語などが併記され、外国人に住みやすい町になっているのでは?」と期待を抱いていたが、そうした目に見える変化はまだまだだ。

駅前の家電量販店の店内には、「外国人対応」を思わせる多言語の案内はない。しかし、外国人客は多いという。

どう対応しているのか聞くと「これがあるので問題ないです」という。指し示す先を見ると、売り物だと思っていたディスプレーは小型のスマホサイズの通訳機で、店内のあちこちに置かれていた。お互い母国語で話しても、画面上に相手の言語に翻訳された文が表示されるので、日本語がわからない外国人を相手にしても、問題なく接客できるという。

5月末。経団連は外国人政策委員会を立ち上げた。外国人の受け入れ環境の整備など、課題について議論を進めるとしている。会長十倉雅和氏が好んで引用する言葉の一つに「労働力を呼んだが、やってきたのは人間だった」というものがある。スイスの作家の言葉だ。

要するに、人手不足で海外から働き手を呼ぶときに、呼ぶ方は「労働力」という頭しかない。しかし、実際に来るのは当然ながら「労働力」ではなく「人間」で、すなわち家族もいれば、働くだけではなく、生活をする。異国で暮らすということはさまざまな困りごとも出てくるし、子どもの学校や友だち、言語の問題、生活習慣やルールの違い、医療へのスムーズなアクセス、とさまざまな対応が必要となる。

十倉氏は外国人政策委員会設置の意図をこのように説明した。「『ここの分野のこの人が足らないからこの人を採りたい』と、そういう自分に都合のいい考え方では見透かされてしまうと思います。それでなくても円安で、給与水準でみれば(他国に比べて)そんなに高くないわけですから、『日本を選んでもらう』という、そういう環境づくり、そういうのを一番重点に置かれる(べき)と思います」。

一方、政府も姿勢を変えている。6月21日、政府は外国人との共生社会の実現に向け、今年度中に実施する総合的対応策を決定した。日本語教育の取り組みや外国人向けの相談体制の強化などが盛り込まれた。林芳正官房長官は閣僚らに向けて、「日本が魅力ある働き先として、外国人材から選ばれる国となるための環境整備」に取り組むよう指示した。

政府も経済界も危機感を募らせる労働力不足。もはや都合よく、労働力だけ増やすことなどできはしない。少しでも多くの先行事例を検証し、迎える側にとっても、来てくれる側の外国人にとっても、できるだけ負担が少なく、ともに暮らしやすい対策をとることが求められる。