【解説】世界が注視する台湾総統選挙 本格的「三つどもえ」に 最終盤の注目点は
台湾総統選挙は、2024年1月13日の投票日まで3週間あまりに迫る。東アジア・世界の安全保障に大きな影響を与える台湾のリーダー選びの最新情勢について、台湾政治研究者で東京外国語大学名誉教授の小笠原欣幸氏に聞いた。(聞き手 国際部・坂井英人)
■台湾の次のリーダーは?3候補の支持率
11月、台湾総統候補の立候補登録が締め切られ、3人の候補による選挙戦の構図が固まった。
対米関係を重視し、現在の蔡英文政権の継承を掲げる与党・民進党の頼清徳候補。
対話を通じた中国との緊張緩和を掲げる最大野党・国民党の侯友宜候補。
そして、2大政党の打破を掲げ、特に若者からの支持を集める民衆党の柯文哲候補の3人だ。
一方、無所属での出馬を模索したホンハイ精密工業創業者の郭台銘氏は支持が広がらず、立候補を断念した。
台湾メディア「ETtoday」が12月20日に発表した投票先を問う世論調査で、民進党の頼氏が35.9%でトップ。国民党の侯氏が34.7%と、1.2ポイントの僅差で2位に。これを追う形で、民衆党の柯氏が19.6%で3位だった。台湾では連日のように多くのメディアや団体がそれぞれに世論調査を発表しており、数字にばらつきはあるものの、12月21日時点ではおおむね1位が頼氏、2位が侯氏、3位が柯氏との結果が出ている。
■本格的な「三つどもえ」は24年ぶり
12月19日、長年、台湾の政治と選挙を研究し、今年も複数回の現地調査を行っている東京外国語大学名誉教授の小笠原欣幸氏に選挙戦最終盤の情勢を聞いた。
―― これまでの選挙戦を振り返って現状をどうみる?
「本格的な3人での争いは、2000年以来の24年ぶり(当時、民進党・陳水扁氏、国民党・連戦氏、無所属・宋楚瑜氏が出馬)。民進党・国民党という従来の2大政党に加え、その打破を掲げる柯文哲候補が現れたことで、選挙の構図がかなり複雑になった。頼氏がリードしているが、(当選を)断言できるとは言えない状況だ」
「(国民党と民衆党の)野党候補一本化交渉が山場を迎えた11月に、3候補の支持率が大きく変動した。この駆け引きの中で、侯友宜氏が柯文哲氏を蹴落とすことに成功し勢いを得た。頼清徳氏は関心が野党に向かったあおりをうけ、支持率は1位だが、それ以上に上がっていかない状態になっている」
ここで、支持率変動の大きな要因となった野党候補一本化をめぐる経緯を振り返る。
野党が分裂した状態は与党に有利なことから、候補の一本化を模索する動きは以前からあり、10月に協議が本格化した。野党の国民党と民衆党は、総統選挙と同日に実施される立法委員(日本の国会議員に相当)選挙での選挙協力で合意したものの、総統候補の一本化には至らないまま11月24日の立候補の締め切りが迫っていた。
そうした中、11月15日、国民党の馬英九前総統が立ち会って協議が行われ、野党候補の一本化で合意したことが発表された。直後の世論調査は、統一候補が侯氏でも柯氏でも頼清徳氏の支持率を10ポイント以上上回る結果が報じられ、選挙戦の構図が一変した。
ところが、肝心の「どちらを総統候補とするか」で、つまずいた。双方の陣営が指名した世論調査の専門家による協議で、総統候補を決めることになっていたが、支持率の解釈をめぐり意見が折り合わず、18日に予定していた統一候補の発表が見送られた。立候補登録締め切り前日の23日にも、侯氏、柯氏、馬氏、朱立倫国民党主席、郭台銘氏が公開協議を行ったがまとまらなかった。24日に侯氏、柯氏がそれぞれ立候補登録を行い、野党候補一本化は「幻」に終わった。
■野党候補一本化交渉で侯友宜氏が「勝者」に
小笠原氏は、一本化交渉における侯友宜氏の立ち回りが、その後の支持率上昇につながっていたと分析している。
「侯氏は非常にうまく我慢した。(一本化で合意する前には)柯文哲氏から相当ばかにされたり、高飛車な発言をされたりしたがじっと我慢した。どっしりと構えて悪口も言い返さない姿に、侯氏の信頼感が見直された。結論として、野党間の駆け引きのドラマで、侯氏が勝った」
侯氏は11月の半ば頃まで世論調査で頼氏との差をなかなか縮められず、苦戦が続いていた。
「ひとつは柯文哲氏に票が流れていたこと。もうひとつは、立候補を模索していた郭台銘氏に票が流れていたこと。そして、地方派閥と呼ばれる勢力が、様々な利益を考えて侯陣営から距離を置いていたこと。この3種類の票が、侯氏から距離を置いたり離れたりしていて支持率が低く、相当苦しい状態だった」
「しかし、(野党候補一本化の)駆け引きで柯氏を蹴落とし、郭氏が出馬辞退に追い込まれたので、離れていた票が戻ってきた。それで、侯陣営が引き締まったのを見て、様子見していた地方派閥の勢力が国民党にまた戻ってきた。つまり離れていた3つの票、全部を取り戻すことに成功した」
■柯文哲氏の迷走 無視できない理由
一方、野党候補一本化のドラマを経て、柯文哲氏の支持率は20%前後に落ち込んだ。前述のように、自身が侯氏を支持率で上回る世論調査が出ていた時期には「侯氏を総統候補にしても頼清徳氏に勝てない」などと強気な発言をしていた。しかし、11月の国民党との候補一本化の交渉では、侯氏に有利な内容にもかかわらず合意。その後、最終的に合意を反故にするかたちで立候補するなど、姿勢を二転三転させたことが失速につながったという。
「柯氏の態度が完全にひっくり返った。一度、自分が政治家として(候補一本化の合意文書に)サインしたにもかかわらずそれを反故にしてしまったが、これは相当めちゃくちゃなこと。柯氏の(熱心な支持者ではなく)なんとなく『いいな』と思っていた人たちの中から離れた人が出た。これは当然だと思う」
■しぶとい柯氏 あおりを受ける侯氏
「ただ、柯氏は一時『もうだめだ』という見方が台湾で出たが、(支持率20%前後で)踏みとどまっている。厳しいが、脱落した状況でもない。これはすごく重要で、支持率が15%以下になると、いよいよ支持者も『投票してもしょうがない』と離れる人が出てくるが、20%あると『ここまで頑張ったから最後まで応援しよう』という気持ちになる」
小笠原氏は、この状況が侯氏にとって厳しい展開になると分析する。
「頼清徳氏の支持率は35%前後で、これは結構な部分が岩盤支持層。今の支持率調査には(どこに投票するか)『わからない』という人が10数パーセントいて、投票日にはこの人たちの票がのっかる。(過去の経験に基づく)私のおおざっぱな計算では頼氏は得票率が42%はとりそうで、スキャンダルの発覚など突発的な事態が起きない限り、なかなか割り込まないと私はみている。すると侯氏が勝つためには43%得票しないといけないが、柯氏が20%得票してしまうと(計算上)それができなくなる」
「侯氏のシナリオは、柯氏を徹底的に蹴落としてその票を自分がとる、というシナリオだが、柯氏が踏みとどまっている状況では簡単ではない」
■1位キープの頼清徳陣営 立法院で「過半数割れ」の可能性も
――頼清徳陣営の状況は?
「世論調査でずっと1位をキープしているが、野党連合の話が盛り上がったところで話題の中心から外れた。『民進党は8年やったからもう十分』という野党の政権交代のメッセージが広がり、そのあおりを受けて、頼氏はなかなか支持を伸ばせない展開になっている」
「ただ、民進党は組織力もあり蔡英文総統も応援に走っている。(駐米代表を務めた)副総統候補の蕭美琴氏の評判もまぁまぁよい。最後にもう一度態勢を固めて、総統選挙と立法院選挙の過半数、両方を狙うという目標でいる」
一方で、立法院選挙では過半数を割り込む可能性があるという。
「中間派の有権者の中には、台湾の安全保障などを考えて頼氏に投票するが、民進党の権力強大化を警戒し、立法院は国民党候補に入れるという人が、数が多いわけではないが重要な選挙区で出てくると思う」
小笠原氏は、頼氏が当選しても立法院は国民党が多数派となる「ねじれ」になりそうで、その場合の政権運営は「とても厳しくなる」と指摘した。
■中国の揺さぶりが国民党の援護射撃に
――中国の総統選挙への態度は?
「台湾独立勢力と位置づけ、敵視している民進党政権を何としても終わらせたいというのは秘密でも何でもなく、中国の方針だといえる。今年の動きを見ると、中国軍機が台湾海峡の中間線を越えたり、軍艦が接近したりすることを繰り返している。軍事的な圧力で有権者の恐怖感を誘い出そうとしている」
「ここでポイントになるのは、国民党は今回の選挙を『平和か戦争か』の選択だと位置づけていること。中国のやり方は、形としては国民党への援護射撃という形になっている」
「一方で、輸入禁止にしていた一部の台湾産果物の輸入を復活した事例があるなど、『北風と太陽』をいろいろと出している。最近は経済面の北風で、(12月)15日に『台湾が一部中国製品の輸入を禁止している、貿易障壁だ』という調査結果を発表した。『適切な措置をとる』とまで言及し、民進党政権が続くと中台の貿易で影響が出ると示唆をした。こうして有権者の投票行動が変わるのを中国側は狙っているとみることができる」(注:取材後の12月21日、中国政府は台湾から輸入している化学製品など12品目の関税の優遇措置を2024年1月1日から停止すると発表した)
■70歳の習近平氏 思い描く「台湾統一」の道筋は
――中国の習近平氏は国家主席の任期制限をなくしたとはいえ、現在70歳。自身の手で台湾との統一を成し遂げたいとの思いがあるなら、民進党政権が今後も続く事態になった時、強引な手段に出る懸念は?
「統一を成し遂げたいとの気持ちは間違いないが、武力行使のコストが高すぎるということも明確になっている。武力の『脅し』で、台湾の人たちの諦めを引き出すというやり方が見えてきている。浸透工作を強化し、時間をかけて台湾を丸ごと取り込むことを考えているように見える。これもコスト・時間がかかるが、武力行使と比べるとずっと低い」
「さらに、武力行使した場合にはアメリカの介入や、西側諸国の経済制裁など強烈なリアクションが考えられるが、カギ括弧つきであれ『平和的統一』であれば日米も手出しができない。そこに力をいれてきているようだ」
「ただ中国の軍事侵攻がない、台湾有事がないと決めてかかるのは全く危険だ。台湾有事を抑止する態勢を固めておくこと(の必要性)は言うまでも無い」
■将来の日台関係は
――各候補が当選した場合の対日関係は?
「まず民進党の頼清徳氏は蔡英文路線の継続なので、いまの非常によい日台関係の継続になるし、頼氏自身も日本への期待が大きいので、さらに活発な交流に向かう可能性もある」
「国民党の侯友宜氏は7月に来日し、日本重視を打ち出している。一方で、国民党は蔡政権がアメリカにべったりになりすぎたと非難し、『米中の間で利益を最大化していく方向に切り替える』と言っている。これは、日米を軸に中国の武力行使を抑止するというアメリカの戦略に影響を与える可能性があり、日本にとっても要注意だ」
「民衆党の柯文哲氏については、国民党との一本化交渉の過程で将来の連立政権を組むことで合意している。柯氏自身の対中政策は、曖昧で立場をはっきりさせないというものだが、連立政権になることを考えると、国民党勝利の場合とほぼ同じになることが予想される」
米中対立という大きなうねりのなかで、約1950万人の台湾の有権者が今後4年間を託すリーダーを自らの手で選ぶ総統選挙。強大な中国の圧力に直面しながらも、民主的な選挙と平和的政権交代を積み重ねてきた「台湾人」たちが出す新たな答えに、世界が注目している。