防衛力強化…首相決断の決め手?“戦闘シミュレーション”とは
大きな転換点を迎えた日本の安全保障政策。政府が戦後一貫して「持たない」と判断してきた「反撃能力」の保有を打ち出した一方、具体的に防衛力強化をどう実現させるかは来年からが“本番”だ。そして、首相決断の裏に、ある“シミュレーション”が…。
■安保3文書“決着”…実行へ「厳しい道のりも」
政府が年末に閣議決定した「安保関連3文書」。今後10年間の日本の外交・防衛の基本方針を示した「国家安全保障戦略」は9年ぶり、初めての改定となる。
中国や北朝鮮は早速3文書への反発を示しており、ある防衛省関係者は「それだけ抑止につながるような文書ということだ」と評価する一方、別の関係者は「3文書は決まったが今後はこれを実行に移していかなければならない。色々と厳しい道のりもある」と話す。
今回の改定の背景にあるのは、日本を取り巻く安全保障環境の急速な変化だ。
3文書の1つ、国家安保戦略では「戦後最も厳しく複雑」だとした上で「最悪の事態をも見据えた備えを盤石なものにする」と明記した。
「急速な変化」とは具体的にどういった変化なのか。そのカギは、9年前に策定された、最初の「国家安全保障戦略」にある。
当時の文書と今回を比較すると、2つの点で安全保障環境の“変化”が読み取れる。
1つ目は、中国に対する表現だ。中国の軍事動向については「我が国と国際社会の深刻な懸念事項」と指摘。「これまでにない“最大の戦略的な挑戦”」と位置づけた。
前の文書では「我が国を含む国際社会の"懸念事項"」と位置づけていて、より強い表現を用いた形だ。
2つ目は、中国を記載する順番。今回「国家安保戦略」では安全保障上の「課題」となる国として「中国・北朝鮮・ロシア」をあげている。
前回の戦略では「北朝鮮・中国」の順だったが、今回は『中国』が一番上に記述されていることが中国への警戒感が高まっていることを物語っている。
自衛隊の今の能力では、こうした“課題”に対処できないのか。
「相手の能力や新しい戦い方を踏まえて、現在の自衛隊の能力で脅威を抑止できるか、極めて現実的な『シミュレーション』を行った。率直に申し上げて、現状は十分ではない」――岸田首相は16日の会見で“戦闘シミュレーション”をやったことを明らかにしたのだ。このシミュレーションとは何なのか、取材を進めた。
ある政府関係者によると、シミュレーションを行ったのは今年、春から夏にかけて。
防衛力強化にむけた政府内での議論が本格的に始まる前に、防衛省が日本周辺国の脅威を踏まえ、相手からのミサイルをはじめとする「考えうる日本に対する脅威」を想定し実施したという。
関係者によれば、今の自衛隊の装備でどこまで対応できるか」など具体的な分析をしたという。
この結果は、防衛省でも一部の幹部のみで共有され、岸田首相に報告された。
関係者はシミュレーションによる現実をみた岸田首相が、防衛力の強化の必要性を実感したとみている。
シミュレーションに関わった関係者は「検証を行って、必要装備や総額などが出た」と指摘している。
■防衛力強化…鍵握る「反撃能力」
今回の防衛力強化の中で、岸田首相が抑止効果に期待を示しているのが新たに必要な能力としての「反撃能力」だ。
「相手に攻撃を思いとどまらせる抑止力となる反撃能力が今後不可欠となる」と政府は説明している。
「反撃能力」を保有することで、今後は攻撃を防ぐのにやむを得ない場合には、陸、海、空から日本を攻撃しようとする相手のミサイル発射拠点などを破壊することが可能となる。
これは政府が戦後一貫して「持たない」と判断してきた能力だ。
政府はこれを「必要最少限度の自衛の措置」と定義し、専守防衛の考えに変わりないと強調しているが、反撃能力を保有することが「戦後日本の安全保障政策の転換点」と言える。
この「反撃能力」の具体的な手段が、相手の射程圏外から撃つことができる「スタンド・オフ・ミサイル」だ。
その1つが、能力を大幅に向上させた「12式(ヒトニシキ)地対艦誘導弾」と呼ばれる装備。
すでに陸上自衛隊に配備されているが、現在は射程が百数十キロ程度に留まるため、防衛省は1000キロ以上に延ばしたい考えだ。
この他にも「島しょ防衛用高速滑空弾」などを量産したり、「スタンド・オフ・ミサイル」を運用する部隊も編成する検討が進んでいる。
しかし、計画はスタートしたばかりで課題は山積だ。完成したミサイルは一体どこに配備するのか?対象となった自治体からは「配備された地域は敵からの攻撃対象になる」との不安の声がでることは必至で、配備には地元の理解が不可欠だ。
これまで、地元自治体との調整は年単位でかかってきたこともあり、ある防衛省関係者は「間違いなく時間はかかるだろう」と話す。
■防衛力強化「これからが本番」
「今般の防衛力の抜本的強化は、戦後の防衛政策の大きな転換点となるものであり、きょうそのスタートラインに立った」――浜田防衛相は安保関連3文書が閣議決定された直後、記者団に対し「これからが本番だ」と強調した。
12式地対艦誘導弾も、防衛省は2026年度に地上発射型の配備を目指すが、現在開発段階だ。
開発は予定通り進むのか、完成したとしてもミサイルの配備を地元自治体が受け入れてくれるのか。
自衛隊幹部からも「実は詳細まで書かれていない部分もある。これから詰める部分も残る」と話す。
政府は安保関連3文書を決定はしたものの、その“ガイドライン”に沿っていかに実行していくのか、まさに、そのスタートラインに立ったばかりだ。