伊豆山で崩落した盛り土を作った元社長とは
2021年7月、静岡県熱海市伊豆山地区で26人の命を奪った大規模な土石流。違法な造成による盛り土が被害を拡大したと指摘されているが、盛り土を作った会社はいまだに経緯の説明をしていない。日本テレビは盛り土を作った会社の元社長の男性を直撃取材。盛り土を作った会社の実態とは。
■記者に向かって車を急発進 あわや事故に
21年9月下旬、畑と林が広がり、緑がまぶしい神奈川県小田原市の丘陵地帯。もう10月も間近だというのに、容赦なく照りつける日差しが厳しい。
顎の先から滴り落ちる汗をそのままに、私とカメラマンが息を殺して見つめる先には1台の車があった。この2か月半、追い続けてきた男性が乗るシルバーの乗用車だ。
「日本テレビです。伊豆山の盛り土について違法性の認識はあったんですか?」「伊豆山の盛り土についてお答えください」という記者の問いかけを無視して車の後部座席に乗り込む高齢の男性。
すると、公道からその様子を見ていた私とカメラマンに向かって、車はけたたましくクラクションを鳴らしながら急発進したのだ。
「やばい、車にはねられる」突然向かってきた車を前に、思わず足がすくむ。とっさに車を避けると車が少し減速した。すかさず車の横にカメラマンと素早く回り込み、男性に向かって質問を投げかける。
しかし、男性は毛布を頭からかぶり黙ったまま何も答えず、車はそのまま走り去った。
■“盛り土”の真相を知るのは誰か
私たちが取材をしていたのは小田原市にある不動産管理会社の元社長の男性だ。私たちがこの男性を取材した理由は半年ほど前にさかのぼる。
21年7月3日、静岡県熱海市伊豆山地区で、26人の命を奪った大規模な土石流が発生した。土石流が発生した最上部には、宅地造成など大規模な盛り土があり、そのほとんどが崩落したというのだ。
なぜここまで甚大な災害となったのか。この盛り土にその理由があったとされている。静岡県によると、届け出の3倍の量の土が盛られていたほか、その工事もずさんだったというのだ。
この盛り土を手がけたのが、小田原市にある不動産管理会社(清算済み)。この会社が2006年に土地を購入。07年に盛り土の工事を熱海市に申請していた。
どうして盛り土が行われ、なぜずさんな工事が行われたのか。私たちは、当時を知る関係者を取材した。
■「木くずからトラック、パワーショベルも全部、埋めた」
不動産管理会社の元社員は。
「木くずからトラックからパワーショベル(重機)みたいなのも全部埋め込んだ。いずれあれが腐ったら崩れるんだろうなという認識は持っていた。」
「(建設現場で発生した土砂を処分する際に必要な)『残土券』を売って、外部からの土を受け入れていた。現場に土砂を入れる。産業廃棄物を入れる。その上からまた土砂を入れる。産業廃棄物を隠すために必要な土もお金になるんだから。何千万円ももうけたといっていたよ」
別の元社員も同様の指摘をしつつ、ずさんな工事の実態を語る。
「『10トンダンプいくら』という単位で受け入れていて、100台、1000台という単位になれば、それは莫大(ばくだい)な利益になるわけだ。土地を造成するのが目的ではなく、土を受け入れて谷を埋めてもうけていた」
「土だけではない。混載といって木材や解体したコンクリート片などを、ごちゃ混ぜになったものも運び込まれた。混載は分別にコストがかかるため非常に高い。こうしたものも安く受け入れてそのまま埋めていたので、みんな捨てに来ていた」
「木材は腐ると空洞になる。さらに浸透管を入れるなどの排水処理も全く行われていない状態だった。豪雨で災害を招く可能性はゼロではないと思っていた」
■盛り土について「俺は悪くねえ」
元社員も危険性を認識する中、なぜ工事が行われていたのか。ワンマン経営者の元社長の存在が大きかったと元社員は語る。
「(元社長は)全部一人で決めている人間。ちょっとでも危険だからやめた方がいいと歯向かえば、明日から来なくていいよと首を切られる」
26人の命が奪われた土石流災害後も…。
「(元社長に)会った時に『俺は悪くねえ』っていったから。A氏が勝手にやった。B氏が勝手にやったと。人に罪をなすりつけていた。全然自分が当事者という感じは無くて、悪びれた様子は無かった」
■雲隠れした元社長
複数の関係者から話を聞く度に、元社長を直接取材する必要性を感じた。しかし取材は困難を極める。
元社長の自宅を訪ねると、「長期不在により宅配便の方はポストに投函(とうかん)してください」という張り紙が。
自宅のインターホンを鳴らすが返事は無く、人の住んでいる気配はない。「逃げたな」と直感が働いた。雲隠れした人間を捕まえるのは簡単ではない。
真夏の日差しが照りつけ、めまいがしそうなほどの暑さの中、靴底を減らして元社長が立ち寄りそうな場所を一つ一つ取材して行った。
神奈川県内のホテルに潜伏しているとの情報で張り込みを続けていたが空振りに終わり、もう無理かと半ばあきらめかけた時、関係者からとある情報が寄せられた。「元社長が、小田原に来る」
■ついに姿を現した元社長
元社長は小田原市内の土地でも条例に違反して大量の土砂を搬入した可能性があり、小田原市による調査に関係者として立ち会うというのだ。
夜明けとともに鳴き始めるセミの鳴き声を聞きながら、現場でスタンバイをする。午前8時頃、調査に訪れた小田原市の車が続々やってきた後、少し遅れて元社長を乗せた車がやってきた。
元社長は入手していた近影より白髪が増えた印象だ。盛られた土を指さしながら市の職員と何か話している。カメラを持って飛び出したい衝動に駆られるが、私たちの取材で市の調査を邪魔するわけにはいかない。調査が終わって、車に乗り込む瞬間を狙うべく、息を殺してじっと待つ。そして、ついに訪れた瞬間が冒頭のやりとりだ。
■そして刑事事件へ
直撃取材からおよそ1か月後、静岡県警は、遺族らの刑事告訴を受けて、盛り土を造成した不動産管理会社の元社長や、2011年に土地を譲り受けた現在の土地所有者の関係先などを業務上過失致死の疑いで強制捜査に乗り出した。
26人が亡くなった土砂災害はついに刑事事件へ発展することになったのだ。翌月には遺族が両者を殺人容疑でも告訴し、受理された。現在も捜査が続いている。
いまだに説明責任を果たさず、沈黙を貫く元社長。不動産管理会社の元社員は、元社長について最後にこう話した。
「本来なら(元社長が)一番前に出てきてごめんなさいと謝るのが普通だ。自分だけのうのうと生きているなんて、余りにも理不尽だよ」
(映像はnews every.2021年9月28日放送より)