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3年ぶりの新年一般参賀 始まりと変遷、交流の歴史【皇室 a Moment】

2022年12月24日 12:03

ひとつの瞬間から知られざる皇室の実像に迫る「皇室 a Moment」。来年1月2日、3年ぶりに行われる新年一般参賀は、戦後、皇室と国民の距離が近づいていった歴史でもありました。日本テレビ客員解説員の井上茂男さんと、一般参賀を振り返ります。

■初めての新年一般参賀に緊張の雅子さま

――皇室の皆様方が笑顔で並ばれています。こちら、新年の一般参賀でしょうか。

1994(平成6)年1月、皇后雅子さまが結婚して皇室に入り、新年一般参賀に初めて参加された時のシーンです。お妃決定以来の「雅子さまブーム」もあって、皇室への関心が高まり、好天にも恵まれ、前年の倍を超す11万1700人が集まりました。当時は平成になってから最多、平成全体でみても最後の2回に続いて3番目に多い人数でした。

――皇后さまは少し緊張された表情にも見えますね

確かに緊張されているようですね。12月9日、59歳となった皇后さまは、誕生日の感想の中で、人生の半分の29年半を皇室で過ごしてきたことに「感慨を覚えております」とつづられましたが、この場面はご結婚から7か月後ですから、務めを一生懸命に果たし始められていた最初の時期です。当時を知る者の一人として「感慨」という言葉が胸に響きます。

その新年一般参賀は、新型コロナの感染防止で2020年1月を最後に中止されていましたが、来年1月に事前申し込み制で3年ぶりに再開されることになりました。

■一般参賀はどのように? “二重橋”を渡って皇居へ

―― 一般参賀はどこで行われるのですか。

一般参賀で天皇皇后両陛下や皇族方が並ばれるのは、宮中行事が行われる「宮殿」にある「長和殿」と呼ばれる建物のベランダで、参賀の人たちが見るのが、その前にある「東庭」と呼ばれる広場です。

参賀の人たちは、まず皇居外苑で荷物のチェックを受け、その後、「石橋」「正門」、さらに奥の「鉄橋」、いわゆる「二重橋」を通って、東庭に入ります。

この流れを、直近の2020年1月の新年一般参賀で振り返ります。時間は年によって異なりますが、大体朝9時半ごろ、皇居・正門が開くと、最初の参賀の人たちが皇居の中に入ります。

列を作ってゆっくりと歩き、二重橋を渡って、東庭へ進みます。東庭に入ると、皇宮警察の場内整理に従って並ぶことになります。

――井上さんの姿もありますね。

はい。この年、私も朝7時から並んで取材しました。

しばらく待つと、お出ましのアナウンスがあり、両陛下や皇族方がベランダに立たれます。

2020年1月2日の参賀者は6万8710人。両陛下は午前3回、午後2回の計5回、参賀に応えられました。午前の3回には上皇ご夫妻も立たれました。秋篠宮ご夫妻や常陸宮ご夫妻、他の皇族方も姿を見せられました。

しばらく歓声に応じて、手を振られると、アナウンスの後、天皇陛下のお言葉があります。

陛下は、「新しい年を迎え、皆さんと共に祝うことをうれしく思います。昨年の台風や大雨などにより、ご苦労の多い生活をされている多くの方々の身を案じています。本年が災害のない、安らかでよい年となるよう願っています」と述べられました。

お言葉のあと、両陛下と皇族方は再び歓声に応じられます。時間が来ると、「では」という感じで、両陛下を先頭に皆さま方が奥に戻られます。こうしたお出ましは1回当たり5分程度です。

――皇室の皆さま方がお揃いになり、会えるというのは、改めて考えるとすごいですね。一般参賀が行われるのは、新年と天皇誕生日となるのでしょうか。

一般参賀は、新年1月2日と天皇誕生日は恒例ですが、天皇の即位に伴う一般参賀もあります。今の天皇陛下の時は、2019(令和元)年5月の連休中に行われました。この日、集まったのは約14万人、東京都心の最高気温は24.8度と6月上旬の陽気でした。

天皇陛下は、「このたび、剣璽等承継の儀および即位後朝見の儀を終えて、きょう、このように皆さんからお祝いいただくことをうれしく思い、また、このように暑い中来ていただいたことに深く感謝いたします」と、お言葉を述べられました。午後2時の回から「暑い中」という文言が加わり、陛下らしい気遣いだったと思います。

実際、熱中症とみられる症状で倒れる人が続出し、約30人が救急搬送されたということです。いつもは寒い時期に防寒対策をして臨む一般参賀ですが、熱中症に気をつけながらというのは、参賀の人たちにとっても珍しい体験だったと思います。

この一般参賀が行われたのは、即位から3日後のことです。当初は、10月に行われる「即位礼正殿の儀」の後が検討されていましたが、「なるべく早い方が、多くの国民が喜ぶ」という声に応え、前倒しして5月4日になりました。

■一般参賀の始まりと変遷

一般参賀は、戦後の1948(昭和23)年、74年前に始まりました。旧憲法の下では、一般国民が皇居に入ることは考えられないことでしたが、「主権在民」の新憲法の下では等しく参賀を受けるべきと、一般の“記帳”が受け付けられることになりました。

当初は、元日と2日の2日間で、昭和天皇や皇族方のお出ましはなく、参賀の人たちは正門から入って記帳し、退出する形でした。2日間で20万人ほどが集まったとされています。

翌年から元日のみとなり、1951(昭和26)年からは、宮内庁正面玄関の上のバルコニーに、昭和天皇と香淳皇后が午前と午後の各1回姿を見せるようになりました。

一般参賀が正月2日となったのは1953年からです。元日に、天皇の国事行為として「新年祝賀の儀」が行われることになったためでした。

1953(昭和28年)、NHKと日本テレビがテレビ放送を始め、翌1954年から、テレビで新年一般参賀の様子が見られるようになりました。当時、昭和天皇と香淳皇后が立ったバルコニーは、宮内庁庁舎の正面玄関の真上の屋根、ひさしの部分です。

――窓から出てらっしゃいましたね。

儀式を取り仕切る式部官長の部屋の前にあり、室内では窓に“板の橋”を渡し、昭和天皇と香淳皇后は特製の階段を4~5段下りてバルコニーに出ていました。

こうして新年一般参賀は定着していき、1954年は38万人が集まりました。

この年、「二重橋事件」とし記録される大きな群衆事故が起きました。人であふれ返る二重橋の上で女性が転倒したことから群衆が折り重なり、『昭和天皇実録』によると、17人が亡くなり、60人余りが負傷しました。

昭和天皇と香淳皇后は故人に生花などを、入院した負傷者に果物を贈り、宮内庁職員を遣わしてお見舞いを伝えました。この事故を機に、参賀のやり方が大きく見直されました。

こちらは、同じ1954年、4月29日の天皇誕生日の一般参賀です。宮内庁庁舎前から、今の宮殿が建つ、明治宮殿の焼け跡に場所が移され、「記帳所」を廃止し、昭和天皇と香淳皇后が仮設の台の上で参賀に応える形になりました。

その後、今の宮殿の建設が始まって一般参賀のお出ましはなくなり、記帳だけとなりましたが、1968(昭和43)年、宮殿が完成すると、翌1969年1月、6年ぶりに新年一般参賀が行われました。

昭和天皇や皇族方は、長和殿のベランダに立って参賀に応え、今のスタイルになりました。

ところが、思いもしない事件が起こります。ベランダめがけてパチンコ玉4発が発射され、その後、火の付いた発煙筒2本が投げられました。

このため、約3か月後の天皇誕生日の一般参賀から、長和殿のベランダの前面に特殊ガラスが設けられ、今に続いています。

■急きょ2回増えた平成最後の新年一般参賀

―― 一般参賀には悲しい歴史や変遷があったのですね。

悲しい出来事もありましたが、国民との触れあいもありました。上皇ご夫妻が結婚してお二人で参加された時、独身だった義宮(よしのみや)時代の常陸宮さまに「いいお嫁さんをお迎えください」と声がかかり、台の上の宮さまも、周囲の人たちも、共に大笑いになったそうです。参賀の人たちとの距離の近さを感じます。

――ベランダに立つ皆さまからは、参賀の人たちはどのくらい見えるのでしょうか。

こちらは一般参賀の際、長和殿の上から撮影された貴重な映像です。このような感じで、長和殿のベランダからは参賀の人たちの姿がよく見えるそうです。

平成、令和と一般参賀を何度も取材してきましたが、上皇ご夫妻も、天皇皇后両陛下も、東庭の様子をよく見て、参賀の人たちと目を合わせて手を振られていると感じます。

こちらは、平成最後の新年一般参賀の様子です。この年は当初5回の予定でした。平成最多となる約15万5000人が集まりました。

急きょ6回目が行われ、それでもまだ3000人ほどがお出ましを見られず、ベランダから見て気付いた上皇ご夫妻が「間に合わなかった人にも機会を」と、さらに7回目が設けられました。

上皇ご夫妻の天皇皇后としての最後の一般参賀となりましたが、会場からは「ありがとう」の声とともに拍手が起こり、今までの一般参賀にはない感動的な場面となりました。

参賀の人たちからは、「一旦もう本日は終わりですって放送もあったんですけど、もう一度出ると。良かったです」「嬉しいと思いました。やっぱりお優しい天皇陛下だな」との声が聞かれました。

――上皇ご夫妻のお心遣いを直に感じる場でもあったんですね。一般参賀は午前から午後にわたりますが、皇室の皆さま方はその間どう過ごされているのですか?

お出ましは約50分おきですが、上皇ご夫妻を支えた渡邉允元侍従長の『天皇家の執事』によると、「雑談をなさったり、本を読まれたり、テレビで箱根駅伝をご覧になったりしておられる」ということです。

――正月恒例の箱根駅伝のレース展開を、皇室の方々もご覧になっているのは、うれしいですね。

■3年ぶり 楽しみな愛子さまの参加

来年1月2日、3年ぶりに新年一般参賀が行われます。今回は、新型コロナウイルス感染拡大予防のため入場者数が制限され、事前抽選制となりました。10万2377人から応募があり、抽選で9606人が当選、倍率は約10.6倍でした。

6回のお出ましがありますから、1回当たり平均で約1600人が入場することになります。3年前は1回あたり平均1万3000人余りでしたから、東庭はずいぶん広く感じられると思います。

――注目はどのあたりでしょうか?

来年の新年一般参賀には、成年皇族の仲間入りをした両陛下の長女、愛子さまが初めて参加されるとみられます。

この一般参賀は、愛子さまにとって、成年後初めて大勢の人の前に出る“公務”と言えると思います。どのように儀式や行事に臨まれるのかとても楽しみです。

――このように見てきますと、新年の一般参賀が皇室と国民の距離が徐々に近づいていく、その歴史の中にあったんだなと感じました。これからも安全に、その時代に合った続き方をして欲しいですね。

そう思います。

【井上茂男(いのうえ・しげお)】
日本テレビ客員解説員。皇室ジャーナリスト。元読売新聞編集委員。1957年生まれ。読売新聞社で宮内庁担当として天皇皇后両陛下のご結婚を取材。警視庁キャップ、社会部デスクなどを経て、編集委員として雅子さまの病気や愛子さまの成長を取材した。著書に『皇室ダイアリー』(中央公論新社)、『番記者が見た新天皇の素顔』(中公新書ラクレ)。