【解説】原子力政策が大きく転換…人材不足にも深刻な課題
東日本大震災の発生から11年がたった今年。国の原子力政策の方針が大きく転換し、原発をめぐる動きが活発になりつつあるものの、原発を担う人材は不足している。原子力の各分野における現状を取材した。(社会部原子力規制庁担当・松野壮志)
■東日本大震災から11年…原子力政策が大転換
東日本大震災、そして、東京電力福島第一原発事故から11年余りが過ぎた。この間、国は「原子力発電」について、やるのかやらないのか――はっきり言うことを避け続けてきたように感じる。
これまでは、原発への依存度をできるだけ減らすとしながらも、原子力規制委員会が安全性を認めたものについて、地元の了解が得られたならば、各電力会社の判断で粛々と再稼働してくださいというもの。
しかし、2050年のカーボンニュートラルが打ち出され、さらに今年、ウクライナ情勢のため燃料価格が高騰し、電気料金が上がるに至って状況は大きく変わってきた。
先日、岸田首相は、石油など化石燃料中心の今のエネルギー環境を変革しようという政府の「GX実行会議」において、来年夏以降に、最大でさらに7基の原発の再稼働を目指すことや、次世代型の原発の開発や建設を検討するよう指示。これまでの原子力政策の方針を大きく転換させた。これまでとは打って変わって、原子力発電をやるのだという意志を明確に示し、どの程度やるのか、その数値の目標も示した形である。
しかし、福島第一原発事故以来、原発から距離をとってきた間に細ってしまった、原子力業界の人材面での課題は深刻だ。
令和2年(2020年)度版の原子力白書によると、大学や大学院の原子力に関係する学科などに入学した学生の数は、2010年度をピークに減少傾向。原発事故のあった2011年に減少に転じた。
こうしたことなどを背景に、東海大学では、今年度からある決断をした。
東海大学には、原子力の技術者の養成などを行う「原子力工学科」がある。60年以上の歴史があり、国内の大学の原子力教育としては、草分け的な存在といってもいい、伝統のある学科だ。これまでに約4000人の人材を、原子力関連のメーカーや電力会社などに送り出してきた。
しかし大学は、この学科の新たな学生の募集を今年度から停止。
その理由について、東海大学の山田清志学長は、苦しい内情をこのように明かす。
東海大・山田清志学長
「ますます大学の経営環境の厳しい中で、ある程度の整理統合が必要になってまいりましたので、その一環として、原子力工学科も今回名称をなくすという決断をいたしました」
ここ数年は定員割れが続いていたこともあり、今回、苦渋の決断をしたのだ。
東海大・山田清志学長
「一大学では、これからの廃炉を行うにしても、適正な人材を育成していくというのには限界がございます。国の政策として、この原子力人材をどのように育成していくのかというようなことを、抜本的にお考えいただく時期に来ているのではないかなと思います」
■学生は“採用難”
一方、日本原子力産業協会などが毎年開いている就活セミナーに、参加した企業や団体の数は2011年度から減少したものの、その後は増え続け、2019年度には、のべ81の企業や団体が参加し、過去最多となった。
しかし学生の数は、2010年度には1900人を超えて過去最多となったが、2011年度に大きく減ってからというものの、その後は、ほぼ横ばいで伸び悩んでいる。
日本原子力産業協会は「学生の“理系離れ”や“少子化”も影響し、原子力も含め、産業界全体において、工学系の学生は“採用難”の状況にある」と話す。
■規制側にも人が集まらない現状
また一方で、原子力施設について、安全かどうかの検査などを担う原子力規制庁でも同様の問題を抱えている。
原子力規制庁は、福島第一原発事故の反省を踏まえて2012年9月に設置され、今月で丸10年を迎える。原子力規制庁でも、職員が足りない状態が続いているのだ。
■原子力規制庁“自前”で育成
ここ5年間における常勤職員について、本来あるべき職員の人数(定員)と、毎年4月時点での実際の職員の人数では、定員は年々増やしているものの、定員割れを起こしていて、実際の職員の人数との差が埋まらない状況が続いている。2021年度からは、高卒の職員採用も取り入れて、人材確保に取り組んでいる。
原子力規制庁では業務量の増加に対応するために、新卒だけでなく経験者の募集も行っているものの、容易ではない。
原子力規制庁が入るビルの中には、原発の中央制御室を再現したシミュレータがある。原発で規制業務にあたる検査官などの研修を行うもので、福島第一原発事故のような過酷事故を想定した対応方法を学ぶなど、研修がを実施されている。
原子力安全人材育成センター・原子炉技術研修課 渡部和之課長
「自前での設備を使って技術能力を高めていくということは、今後の原子力の安全を確保していく上で非常に重要」
こうした研修を通して、原子力規制のスペシャリストを、2018年度から自前で育成していて、現役の検査官は、すでに何人も誕生している。今後、検査官は定年退職を迎える人もいるため、高い専門性をもつ検査官を自ら育成して、不足する人員と経験の維持に努めている。
青森県内の規制事務所で勤務する杉山紗耶さんは、訓練を受けた後、検査官として活躍している。
六ヶ所原子力規制事務所・原子力運転検査官 杉山紗耶さん
「生の現場を、実際に作業してる現場を見られるのが楽しいです」
「(事業者に)上からビシビシと言うよりも、原子力の安全のために一緒に改善していこうという意識で仕事をしています」
「私たちは人と環境を守るのが使命ですので、検査官として常にリスクを意識して、そのリスクを排除するために、事業者が適切に活動をしているかを確認していくことで、その使命を全うできると考えています」
杉山さんは、元々は検査官を志望していたわけではなく、上司のすすめで訓練を受け、現在は使命感を持って日々の仕事に取り組んでいる。
■再稼働には運転技術者育成も急務
かつて、電力会社などにおいて原発の運転などを担った技術者たちの中には、停止していた10年の間に退職してしまった人も少なくない。停止中だったことから、技術の継承が満足にできていない企業もあり、技術者の育成も急務だ。
国が、原子力政策を転換する中、原子力の各分野で不足する人材を、どう増やしていくか。再稼働に向けた流れの中で、重い課題となっている。