駆け出しカメラマンがカメラマンを取材 北京五輪「撮影」の舞台裏~剃ったまゆ毛…雪山編~
異例な環境で行われた北京五輪。そこには選手たちの気迫溢れる姿があり、世界中のカメラマンが多くの歴史的瞬間を捉えた。私は一人の駆け出しのカメラマンとして、現場で出会ったカメラマンに話を聞いた。今回は「雪山編」。想像を絶する環境の中で捉えられた数々の映像、その撮影の舞台裏とは。
■“極寒”との戦い
「もう、まゆ毛剃ったんだよ。まつ毛もまゆ毛も凍ってファインダー見づらくなるから」
そう語ったのは、スキージャンプやモーグルなど雪山の競技を中心に撮影を行った日本テレビのカメラマン。スキージャンプ男子ノーマルヒルで小林陵侑選手が金メダルに輝いた、まさにその瞬間を映像に収めた。一方、現場では桁違いの"寒さ"との戦いがあった。
「気温はマイナス26度くらいだったかな」
冷凍庫の中よりも低い気温。カメラのファインダーは、覗き込むとその瞬間から凍ってしまったという。
「自分のちょっとした呼吸で凍っちゃうんだよね。その上から雪も積もってファインダーの3分の2くらいはすぐ隠れちゃう」
何も見えないのでは?と尋ねると、
「何も見えないんだよ」
カメラマンは飄々とそう言い放った。では、どのように撮影したのか?私の素朴な疑問への回答はとても簡単だった。
「勘で。すごく難しいけどね」
業務用カメラはマニュアルでの操作が多いため、ファインダーが曇る、暗い、などの悪条件では途端にピントが合わせづらくなる。勘を頼りに撮るしかなかったという。
寒さの影響を受けるのはカメラだけではない。小林選手のジャンプを撮った時は、直前まで手を上着のポケットに入れて温めておいたという。なぜなら手を出して数秒間たつと、指が思うように動かないからだ。いつカメラを構えるか、タイミングの見極めが重要だった。
■指先が取れる!?
モーグルの取材時には思わぬハプニングが襲った。
「手先が冷えるから手袋を3枚重ねていたんだけど、カメラを操作するために指先は薄めにするしかなくて…そうしたら、その指先の部分がポロっと取れたんだよ」
指先が取れる…一体どういうことなのか?
「綿でできた手袋の指先がパキパキに凍って、折れたんだよ」
手袋に含まれる水分が凍り、生地ごと破れてしまったという。その後は仕方なく素手でカメラを触ったが、冷凍庫から出したばかりの氷に触れた時のように、指がカメラにくっついて離れなくなったという。
カメラマンは、フォーカス(ピント)、ズーム、アイリス(絞り)の3つのリングを左手の指先を駆使して動かし撮影している。どんなに寒くとも指先を分厚い手袋で覆うわけにはいかないのだ。指先を出さなければリングを回せない、しかし指先を出した途端感覚がなくなってゆく。
「寒さは、本当にストレスでしかなかったね。ピント合わないし指先動かないし」
いつ限界を迎えるか分からないカメラを凍える指先で操り、勝負の一瞬を捉えなければならない。スポーツの撮影にやり直しはきかないのである。
「でも、金メダル第一号の小林選手を撮れたのは・・・あれは本当良かったね」
撮り逃せないという緊張感と、壮絶な苦労の末に撮影された歴史的瞬間。その時、ほぼ見えなくなったファインダーから、どのような景色を見ていたのだろうか。
まだ駆け出しの私は今回、その“瞬間”を撮影するチャンスを掴むことはできなかった。いつの日か人々の記憶に残るシーンを自らの手でカメラに収めたい。そのために、困難な状況に対応する力と一瞬を捉える感性を磨き続けたいと思う。
(日本テレビ報道局映像取材部・川野真由子)